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曲がり角の出版文化賞

鷲尾賢也 鷲尾賢也(評論家)

 年末近くは出版界の賞の季節だ。先日、毎日出版文化賞、サントリー学芸賞、野間文芸賞などが発表になった。年初めには、大佛次郎賞、読売文学賞などが話題になるだろう。

 文学部門では、出版社を中心にさまざまな賞があり、新人賞も少なくない。専門書にもそれぞれジャンルごとに賞がある。ところが、いわゆる人文教養書は、意外に顕彰される機会がない。なかでも書店に並ぶような一般書籍に向けた賞は本当に少ない。

 私も編集者時代、なんとかしてそういう賞に与らないかと一喜一憂したものだ。栄誉は著者のものであるが、刊行の一役を担えたという喜びは編集者でなければ分からない気持ちがあった。それゆえ、毎日出版文化賞やサントリー学芸賞の発表はたいへん気になる存在であった。受賞の有無によって売り上げも変わった。端的に言えば、重版になることが多かった。

 ところが近年、それらの賞に迫力がなくなってきた。はっきり言えば、受賞が売れ行きと関係がなくなってしまった(小説などの文学関係の賞にも似たところがあると仄聞している)。話題もそれほど呼ばない。議論も行われない。読んでみようという刺激が湧いてこないのである。

 毎日出版文化賞は、文芸・芸術で、赤坂真理『東京プリズン』(河出書房新社)。企画部門の『定本 見田宗介著作集』(全10巻、岩波書店)、それに自然科学部門の三橋淳『昆虫食文化事典』(八坂書房)、人文社会部門の服部英雄『河原ノ者・非人・秀吉』(山川出版社)、特別賞の加賀乙彦『雲の都』(全5巻、新潮社)であった。

 サントリー学芸賞は、政治経済部門が、井口治夫『鮎川義介と経済的国際主義――満洲問題から戦後日米関係へ』(名古屋大学出版会)、鈴木一人『宇宙開発と国際政治』(岩波書店)、待鳥聡史『首相制度の制度分析――現代日本政治の権力基盤形成』(千倉書房)、芸術文化部門が堀まどか『「二重国籍」詩人 野口米次郎』(名古屋大学出版会)、水野千依『イメージの地層――ルネサンスの図像文化における奇跡・分身・予言』(名古屋大学出版会)、社会風俗部門が酒井隆史『通天閣――新・日本資本主義発達史』(青土社)、渡辺一史『北の無人駅』(北海道新聞社)、思想歴史部門が篠田英朗『「国家主権」という思想――国際立憲主義への軌跡』(勁草書房)、高山裕二『トクヴィルの憂鬱――フランス・ロマン主義と〈世代〉の誕生』(白水社)。

 一、二をのぞいて、こちらは専門書オンパレードという印象だ。書店で目することがあまりない。高定価のものが多く、なかには6000円、8400円、13000円などという本体定価のものがある。

 一般読者とどこか切れているといっても、それほど間違いではない。3冊も受賞した名古屋大学出版会の活動は見事だと思う。しかし、これはあくまでも大学出版会という枠組みの助けがある。同時に、この価格では少部数しか刷っていないだろう。

 賞がこういうものに傾斜していっていいとは思えない。

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