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【2012年 本 ベスト5】 読書関係者に劣化が起きている

鷲尾賢也 鷲尾賢也(評論家)

 書店の廃業が止まらないなど、あかるい話がほとんどない。ミリオンセラーも一点ぐらい。評判になる書籍もそれほど多くなかった。本に接する機会は人より多く、そして、それなりに店頭を眺めているつもりだが、とにかくさびしい1年だったような気がする。原発事故の影響や、日本経済の停滞がすみずみに広がっているからだけではない。読むという行為に関わるすべての関係者に劣化が起きているからではないか。そんな気さえする。そういうなかで、やはり原発関係に力作が多かった。

(1)上丸洋一『原発とメディア――新聞ジャーナリズム2度目の敗北』(朝日新聞出版)

 斎藤貴男『「東京電力」研究 排除の系譜』(講談社)、木村英昭『検証 福島原発事故 官邸の一○○時間』(岩波書店)をはじめとして、東京新聞原発事故取材班『レベル7――福島原発事故、隠された真実』(幻冬舎)、朝日新聞特別報道部『プロメテウスの罠――明かされなかった福島原発事故の真実』(学研パブリッシング)など、数多くのリポートに衝撃をうけた。これらによって、戦後史のつけが原発に集約されていた事実が明らかになった(安全保障から地方財政まで)。原発を考えることは、私たちのいままでのシステムを見直すことになるのだ。

 上丸の一冊は、メディア(とりわけ新聞)がどのようなかたちで原発を推進してきたか、先人たちへの糾弾を含んだ詳細な調査と分析であった。自分たちのよってたつ足場までを検討した報告に迫力があった。またこれを紙面に連載させた新聞の度量と見識にも感心した。

 同じように、メディアには志が大事だとあらためて確認した本がある。

(2)アンドレ・シフリン、高村幸治訳『出版と政治の戦後史――アンドレ・シフリン自伝』(トランスビュー)

 数字だけが支配するアメリカ出版界の衰退をリアルに描いた『理想なき出版』(柏書房)も以前、話題になったが、本書はそのシフリンの自伝である。ナチの迫害を逃れ、一家で亡命。貧困、赤狩りのなかで青年期を送る。「パンセオン」から編集者生活をスタートさせる。M・フーコー、R・H・トーニー、E・ホブズボーム、R・D・レイン、N・チョムスキー、J・ダワーなどが彼のかかわってきた著者であるが、しかし、本書は大編集者の成功物語ではない。次々と大手メディアに買収、吸収合併される出版社の内情の悲惨さも生々しい。損益計算書が編集者ごとに作成される自由度のない現場。彼が独立系出版社「ニュープレス」を立ち上げる背景である。

 これは余所事ではない。日本のメディアが直面している問題でもある。ぜひ手に取ってもらいたい一冊。

 小説に食指が動かないのは、自分の好みかもしれないが、それにしても文芸関係に強い印象がない。なかでは、大著にもかかわらず非常におもしろく一気に読んだのが、次の一冊である。 ・・・ログインして読む
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筆者

鷲尾賢也

鷲尾賢也(わしお・けんや) 鷲尾賢也(評論家)

1944年、東京生まれ。評論家。慶応義塾大学経済学部卒業。講談社入社。講談社現代新書編集長、学芸局長、取締役などを歴任。現代新書編集のほか、「選書メチエ」創刊をはじめ「現代思想の冒険者たち」「日本の歴史」など多くの書籍シリーズ企画を立ち上げる。退社後、出版・編集関係の評論活動に従事。著書に、『編集とはどのような仕事なのか――企画発想から人間交際まで』(トランスビュー)など。なお、歌人・小高賢はもう一つの顔である。小高賢の著書として『老いの歌――新しく生きる時間へ』(岩波新書)など。2014年2月10日、死去。

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