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【2012年 レストラン ベスト5】 「ボン・グゥ神楽坂」が切り開くフレンチ・バルの新境地

古賀太 日本大学芸術学部映画学科教授(映画史、映像/アートマネジメント)

 今年はWEBRONZAで初めて映画と美術のベスト5を書いたが、「今年のレストラン」というのは、格段に難しい。もちろんこちらが単なる外食好きの素人であることが最大の理由だが、そもそも「今年の」と書く以上、昔からあって何度も行く名店を書いてもしょうがない。だから大好きな店のほとんどは書けないという矛盾にぶつかる。

 ここでは、今年気に入った店から、最近できた注目の店をとりあげた。すべて食事だけなら高くても5000円の店ばかり。自分が住む東京・神楽坂に少し偏ったのはご勘弁を。日本料理は1軒もないが、これは単に和食は「渡津海」「泥味亭」「宮した」「まろうど」(すべて地元の神楽坂)など昔からの店ばかり行っているから。

(1)ボン・グゥ神楽坂(神楽坂、12年3月開店)

(2)ナスカ(乃木坂、12年6月)

(3)エノテカ ラウラ(神楽坂、12年2月)

(4)レストラン ラ・トルチュ(広尾、11年4月)

(5)レストラン ル・ジュジュ(自由が丘、11年12月)

 (1)の登場は、衝撃と言ってもいいだろう。場所は神楽坂の間口の狭い縦長のアパートのような建物の2階で、かつて「ブルスカ」というイタリア軽食の店があった。売りといえば2面に大きな窓があり、神楽坂を歩く人が見えることくらいか。「メガ夜景よりプチ夜景」(@『新 東京いい店やれる店』)と言えなくもない。

拡大「ボン・グゥ神楽坂」の看板=撮影・筆者

 そこに現れた(1)は、何と「前菜だけの店」というコンセプトだ。「もうメインはいらない フレンチ前菜食堂」という黒板の文字が2階から見える。

 つまり、好きなつまみを少しずつ食べてゆく、小料理屋のようなもの。もともと日本人はフランス料理のように前菜とメインをドンと出されるよりも、たくさんの小皿を「つまむ」居酒屋が好きだ。

 昨今のスペイン・バルの隆盛は、まさにそんな日本人の気持ちを表している。この店の近くでも「バルマコ」や「エル・プルポ」などハイレベルのスペイン・バルができたが、ここが違うのはフランス料理をベースにしていることだ。

 フランス料理といっても、あの重いやつじゃない。相当に洗練された創作フランス料理だ。それが1品のハーフだと600円から800円くらい。ハーフといっても、それなりの量はある。

 例えば「サバの燻製と白菜のコンフィ」はサバの刺身が6切れあって、立派な一皿だ。サイズはほかに、レギュラー、ダブルがあって、ハーフの場合は1人で3、4皿、レギュラーの場合は2、3皿をめどにと丁寧に書かれている。

 メニューは冷菜と温菜に分かれて、それぞれ20種類くらいか。実を言うと、「牛ほほ肉の赤ワイン煮クレープ包み」や「牛すじとソーセージの煮込み」などはメインと言えなくもないが、「前菜」と言い切っている感じだ。2人でハーフサイズを6品も食べるとお腹一杯になる。

 ワインはグラスで500円からで、ボトルで2800円から5000円まで。種類は多くないが、日本のワインを入れていて、なかなか渋い。デザートも「楽山のほうじ茶のプルプルブランマンジェ」など地元色も出している。

 昼のランチにも注目。1000円で、野菜が何種類も入った大きな皿の前菜と、白いんげんのスープに、エビとトマトのアメリケーヌ・ソースにライス。このソースがクセになるほどうまいし、このソースとライスの代わりにタルト・フランベと称するフランス風ピザも数種ある。いやはや、何度でも行きたい。

 サービスはシンプル。コートさえも預かってもらえず自分で椅子の下の箱に押し込むしかないし、ワイングラスはコップに近い。しかし対応は温かく、余ったタルト・フランベを包んでくれたりする。白で仕上げた店内に高級感はないが、天井が高く2面に大きな窓があるので、心地よい。

 料理以外にお金をかけずにうまいフレンチを安く食べさせることを実現したのは、麹町の「オグードゥジュール」の岡部一巳氏と聞けば、納得がいく。スペイン・バルの次に流行るのは、このタイプのフレンチ・バルかもしれない。

 (2)は、最近「エル・ブジ」のアドリア・フェランが注目してからニューヨークやパリで流行りだしたペルー料理が、とうとう東京にもできたという感じ。ウリは何といっても日系人が生み出したという「セビチェ」。生の白身魚のマリネだが、ちょっとタイ料理のようでもあり、新鮮な味だ。カナリア豆の煮込みや、ムール貝のマリネサラダもどこか親しみがある感じ。圧巻は、一羽を焼くペルー風ローストチキン。南米らしい香辛料が普通のチキンとは違う。

 サービスは悪くないが、乃木坂という場所柄を考えると、室内はもう少しオシャレだといいかもしれない。これではまるで昔の喫茶店みたいだ。

 (3)はもともと同じ神楽坂の北イタリア料理の名店「アルベラータ」でソムリエをしていた馬場正人氏が、数年間イタリアで修行した後に満を持して開いた店。以前この場所にあった「ラ・レットラ」とは大違いのシックな雰囲気で、料理もハイレベルな北イタリア料理だ。しかし5000円のコースを設けるなど、懐には優しい。とりわけイタリア版ポトフとも言うべき「ボッリート・ミスト」は都内随一。

 この店といい、近くの「ステファノ」や「アルベラータ」、江戸川橋の「ラ・バリック・トウキョウ」といい、神楽坂はイタリアン激戦区になった。もはや「カルミネ」の時代ではない。

 (4)はパリの星付きレストラン「ステラ・マリス」や芝、汐留、銀座の「タテルヨシノ」などで有名な吉野建シェフが作ったビストロ。最近はおいしいビストロは増えたが、こんな繊細な店は少ない。ここの ・・・ログインして読む
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筆者

古賀太

古賀太(こが・ふとし) 日本大学芸術学部映画学科教授(映画史、映像/アートマネジメント)

1961年生まれ。国際交流基金勤務後、朝日新聞社の文化事業部企画委員や文化部記者を経て、2009年より日本大学芸術学部映画学科教授。専門は映画史と映画ビジネス。訳書に『魔術師メリエス――映画の世紀を開いたわが祖父の生涯』(マドレーヌ・マルテット=メリエス著、フィルムアート社)、共著に『日本映画史叢書15 日本映画の誕生』(岩本憲児編、森話社)など。個人ブログ「そして、人生も映画も続く」をほぼ毎日更新中。http://images2.cocolog-nifty.com/

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