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*まずは今年公開された傑作5本(実は6本:順不同)を挙げますが、「傑作」の定義とは、<私が傑作だと思う映画>、これに尽きる。とはいえ、ここに挙げた「傑作」リストは、私の個人的/主観的な趣味の反映などではありません。ある絶対的な基準に由(よ)っています。

 つまり、順位をつけて比較することが不可能な「絶対的な」レベルに達している映画が、ここに選ばれているのです(「相対的」とはむろん、比較可能ということですね)。もっといえば、そうした「絶対的な」映画に触れてしまった私――むしろ「私」と記すべき――が、なにやら“映画教”の使徒めいた存在として、このリストを作成しているわけです。なのでやはり、こうした「ベスト選び」を「しょせんは趣味的なチョイスだ」と言うことはできないのであって、強いて言うなら、それは「信仰告白」に近いものだと思います。

 まあ百歩譲って言えば、何人もの「私」がこの映画は傑作だ、とそれぞれ自説を交わし、「私」は他者とどんな映画を共有でき、どんな映画を共有できないのかという地点(悟り?)に軟着陸することが、“映画教”の使徒たちの穏当な道だと思ったりもします。では、真剣勝負で行きましょう、“前田敦子はキリストを超えた”とのたまうAKBヲタの気合いに負けずに!

■『贖罪』第1話~5話(黒沢清)

 WOWOWでオンエアされ、のちに劇場で特集上映されたこのオムニバスは、「TVドラマ」にはちがいない。しかしながら、『贖罪』シリーズ全編に脈打っているのは、まぎれもない「映画」だ。黒沢清自身による練り上げられた脚本、彼ならではの精度の高い画面構成、そして小泉今日子、蒼井優、小池栄子、安藤サクラ、池脇千鶴ら旬の女優陣から最良の演技を引き出した彼の図抜けた演出力――それらが相乗的にかけあわされて、本シリーズは日本映画史を画するような未曾有の傑作となった。

 詳細は2012/1/18~2/10付の本欄を参照していただきたいが、そこでも書いたように、『贖罪』シリーズの、ひいては黒沢映画の肝のひとつは、<何か恐ろしいものが間近に迫っているが、その正体がはっきりとした形をとる寸前の状況描写の妙>だ。それにしても、愛娘を何者かによって殺害されたヒロイン/小泉今日子の復讐譚が、思いがけない方向に転がってゆく物語の意外性はノックダウンもの。

■『アウトレイジ ビヨンド』(北野武)

 大ヒットしたヤクザ映画の新古典(モダン・クラシックス)の傑作だが、こんにちの政界さながらに、暴力団、悪徳刑事、一匹狼らが複雑怪奇な渦巻き状の抗争、裏切り、野合をくりひろげるさまが、計算し尽くされたカット展開によって過激、かつデリケートに描かれる。暴力場面や<声>の演出における足し算と引き算のバランスも絶妙(2012/11/3~11/15付の本欄参照)。

■『フタバから遠く離れて』(舩橋淳)

 原発が立地している福島県・双葉町の人々の、3・11以後の避難所生活を季節/時間のうつろいとともに、淡々と描いた舩橋淳の初ドキュメンタリー。声高なメッセージは皆無だが、時間の流れのなかで変化してゆく町民=“棄民”らの心境の変化などが、粘り強く静かに記録/描写される。そして、それらの画面の一つひとつには、3・11以後、被災者が置かれている理不尽な事態への、ひいては原子力政策への舩橋の異議申し立てが、<映画的強度>として昇華されており心を動かされる(2012/10/26~11/6付の本欄参照)。ちなみに、最も才能豊かな若手日本人監督の一人・舩橋淳の新作劇映画、『桜並木の満開の下に』の公開が待ち遠しい。 ・・・ログインして読む
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筆者

藤崎康

藤崎康(ふじさき・こう) 映画評論家、文芸評論家、慶応義塾大学、学習院大学講師

東京都生まれ。映画評論家、文芸評論家。1983年、慶応義塾大学フランス文学科大学院博士課程修了。著書に『戦争の映画史――恐怖と快楽のフィルム学』(朝日選書)など。現在『クロード・シャブロル論』(仮題)を準備中。熱狂的なスロージョガ―、かつ草テニスプレーヤー。わが人生のべスト3(順不同)は邦画が、山中貞雄『丹下左膳余話 百万両の壺』、江崎実生『逢いたくて逢いたくて』、黒沢清『叫』、洋画がジョン・フォード『長い灰色の線』、クロード・シャブロル『野獣死すべし』、シルベスター・スタローン『ランボー 最後の戦場』(いずれも順不同)

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