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[2]<千尋>というバブル、<カオナシ>というバブル

『千と千尋の神隠し』で始まった21世紀(中)

浅羽通明

■原始、貨幣は性器だった――経済人類学的「カオナシ」論

 物語の序盤で、中央に湯屋がそびえる異界へ迷いこみ、ハクに手を取られて湯屋へ渡る橋を駆ける千尋。周りにはもう湯屋を訪れる様々な神々が現れ、カエル男やナメクジ女も行き来している。彼らに混じって橋の欄干近くにいる何か。顔の位置には白っぽい仮面、からだは黒いマントをまとったようだが、半ば透けている。それがカオナシの初登場だ。

 必死の歎願かなって湯屋の下働きを始めた宵、千尋が桶の水を庭へ捨てようとガラス戸を開けると、そこにはひっそりとカオナシが立っている。千尋は客のひとり(一柱?)かと思い、湯屋内へ入れるようにガラス戸を開けておいてやる。無理もない。カオナシの姿は湯屋を訪れる異形の神々とさほど変わらない。

 カオナシは静かに湯屋へ侵入する。そして物語の中盤、金塊をばらまいて湯屋従業員たちを狂乱の渦へ巻きこみ、暴飲暴食してからだを膨張させ、制止する従業員を呑みこんで暴れまくり、湯屋を混乱と恐怖へと叩きこむ。

 「カオナシは誰のなかにもいる」という宮崎監督のことばを付してCMでも用いられたこのキャラクター。その印象、意味についてはすでにいろいろと語られている。

 カオナシの不気味で哀しい仮面の表情は、白塗りのピエロにも、ムンク描く「叫び」の顔にも見える。宮崎監督が作詞した「カオナシの歌」(イメージアルバムにムッシュかまやつの歌で収録。アニメでは使われていない)は、「さみしいさみしい」「きみたべちゃいたい」と嘆息するもので、巨大化して暴れるとき「千、ほしい!」と千尋を求め叫ぶ姿とあわせて、依存症的なさみしがりや、重度のストーカーを連想する人が多いのも自然である。

 だが私は敢えて、楕円形の仮面姿のこのカオナシは

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筆者

浅羽通明

浅羽通明(あさば・みちあき) 

1959年、神奈川県生まれ。早稲田大学法学部卒業。みえない大学本舗主宰。著書に『試験のための政治学』(早稲田経営出版)、『ニセ学生マニュアル』3部作(徳間書店)、『大学で何を学ぶか』『思想家志願』『知のハルマゲドン』(小林よしのり氏との共著)『教養論ノート』『右翼と左翼』『昭和三十年代主義』(以上、幻冬舎)、『野望としての教養』(時事通信社)、『時間ループ物語論』(洋泉社)ほか多数。現在、webちくまにて「星新一の思想――とうにユートピアを過ぎて」を好評連載中 http://www.chikumashobo.co.jp/new_chikuma/

※プロフィールは、論座に執筆した当時のものです