メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

RSS
 最初、山田洋次監督があの『東京物語』をリメイクするという話を聞いた時、神をも恐れぬ行為だと危惧した。小津安二郎のこの名作は、2012年夏、英国映画協会の『サイト・アンド・サウンド』誌が10年に一度行う歴代ベストワンのアンケートで、世界の監督たちが選ぶ部門で『2001年宇宙の旅』や『市民ケーン』を抜いて1位になった作品である。

 小津と言えば、ローアングルのカメラや180度の切り返し、絵画のように細部まで作り込まれた画面と独特のリズムを持つ編集によって、誰にもできない厳格なスタイルを作った監督である。同じ松竹で家族ドラマを扱っているとはいえ、「寅さん」シリーズを始めとしてわかりやすい庶民喜劇を作ってきた山田洋次とは、本質的に格が違う。

 しかし、今回『東京家族』を二度見て、予想を遥かに上回る出来だと思った。実を言うと一度目に見た時、とりわけ出だしには面食らった。白々しい光のもとに多摩地区の住宅街や列車が映った時、「違う」と思った。

 そして「平山医院」という『東京物語』と同じ名前の病院の看板が映り、夏川結衣が出てきた時、「何だこれは、テレビドラマじゃあるまいし」と思い、その子役が「実」という同じ名前で出て、「じゃあ、勉強しなくてもいいんだね」と同じセリフを吐いた時、「違う、違う」と思わず声を出しそうになった。

拡大『東京家族』から。母(吉行和子、右)は次男の恋人(蒼井優)を気に入り、次男を託す

 ところが見ているうちに、だんだんとこの映画の世界に入ってゆく。とりわけ母とみこ役の吉行和子が出てきてから、画面が和らいできた。決定的だったのは、この母が、紀子役の蒼井優に会う瞬間。

 吉行が「あなた、いい感じの人やねえ」と蒼井の手を取るだけで、涙が出てきた。そうして翌朝、幸せでたまらないような顔をした吉行が、長男の家に帰るシーンもいい。

 この二人を始めとして、女優たちが光っている。かつて杉村春子が演じた美容師役の中嶋朋子は、ちょっときついちゃっかりした女性を巧みに演じているし、三宅邦子が演じた平山家の主婦役の夏川結衣は、あまり感情を表さず状況を受け入れる大らかさをうまく体現している。

 正直に言うと、彼女たちに比べて父親役の橋爪功や長男役の西村雅彦、美容師の夫役の林家正蔵など、男優陣は少し存在感が薄い。それはたぶん現代がそういう時代なのかもしれない。

 『東京物語』との最大の違いは、 ・・・ログインして読む
(残り:約1022文字/本文:約1977文字)

全ジャンルパックなら本の記事が読み放題。


筆者

古賀太

古賀太(こが・ふとし) 日本大学芸術学部映画学科教授(映画史、映像/アートマネジメント)

1961年生まれ。国際交流基金勤務後、朝日新聞社の文化事業部企画委員や文化部記者を経て、2009年より日本大学芸術学部映画学科教授。専門は映画史と映画ビジネス。訳書に『魔術師メリエス――映画の世紀を開いたわが祖父の生涯』(マドレーヌ・マルテット=メリエス著、フィルムアート社)、共著に『日本映画史叢書15 日本映画の誕生』(岩本憲児編、森話社)など。個人ブログ「そして、人生も映画も続く」をほぼ毎日更新中。http://images2.cocolog-nifty.com/

古賀太の記事

もっと見る