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 WBC(ワールド・ベースボール・クラシック)が、やっぱりおもしろい。野球そのものが、小気味よい。打って走って守って。3拍子揃った選手が選ばれている。長距離砲が少ないから、打線が爆発したオランダ戦以外では、「貧打侍」なんて叩かれた(ついでにいうと、サッカーも野球も、“侍”を連発するアホメディアは、顔を洗ってほしい。大西巨人『神聖喜劇』全5巻を読んで出直すべし)。

 でも、プロ野球選手のくせにバントも盗塁もタッチアップもできないのろくさい大砲より、9人全員、だれでも走れるっていう野球の方がスリリングだ。山本浩二監督自体は、衣笠祥雄、水谷実雄、ジム・ライトルらとともに広島カープの黄金時代を築いた大砲だった。それでもWBCでは大艦巨砲主義をとらない。慧眼である。

 もうひとつ。WBCは球場の雰囲気が抜群によい。もっとも、これは日本チームが守備に入っているときだけなんだけど。

 “侍”日本が守りにつくと、球場がしんとする。太鼓やトランペットや一斉のかけ声や……。あのうるさくて一本調子でアホ満開な音楽がやむ。

拡大「野球の音」が聞こえにくいんだけど…

 そのかわり、「野球の音」がせり上がってくる。前田健太の、伸びのあるストレート、縦に大きく割れるスライダー、シュルシュルっと音を出して滑っていくその球の軌跡が、耳に届く。捕手のミットがバシッと震える。マエケンが、「どやっ!」てな顔でマウンドで跳ね上がる。球場のどよめき声。これでしょう、野球って。

 アトランタ・ブレーブスの黄金時代を支えた選手に、マーク・レムキー(Mark Lemke)という名二塁手がいた。メジャーリーグを引退したら、今度はマイナーリーグに移籍し、なんとピッチャーを始めた。もちろんストレートは走らない。だから、ナックルボールばかり投げる。

 10年以上前だが、ニューヨークの郊外の球場で、彼に取材したことがある。名選手として名を残し、カネに困っているわけでもなかろうに、なぜにまた、マイナーの舞台にしがみつく?

 「引退して、ゴルフでもしてすごせばいいんだろうけれど……。単に、ボールパークが好きなんだよ。タイガー・ウッズに、なぜゴルフをするのかと聞いてごらん。ゴルフコースが好きなんだって、きっと答えるよ。おれもそうなんだ。ボールパークが好きなんだよ」

 野球場が好き。だから、野球を続ける。分かるような気がした。ロバート・B・パーカーの探偵小説「Mortal Stakes」(『失投』)の冒頭に、印象深い描写がある。

 こと野球を真剣に見るなら、フェンウェイパークよりいいところは滅多にない。フィールドと客席は近く、フェンスはまばゆい緑色。真っ白なユニフォームを着た若い選手が、天然芝の上を飛び跳ねる。頭上は、本物の青い空。人工芝も、ドームもない。それに、おれはビールが好きだ。

 異議なし。おれもビールが好きだ。

 ひとつだけ加えるなら、「ここには、日本人の、あの

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筆者

近藤康太郎

近藤康太郎(こんどう・こうたろう) 朝日新聞西部本社編集委員兼天草支局長

1963年、東京・渋谷生まれ。「アエラ」編集部、外報部、ニューヨーク支局、文化くらし報道部などを経て現職。著書に『おいしい資本主義』(河出書房新社)、『成長のない社会で、わたしたちはいかに生きていくべきなのか』(水野和夫氏との共著、徳間書店)、『「あらすじ」だけで人生の意味が全部分かる世界の古典13』(講談社+α新書)、『リアルロック――日本語ROCK小事典』(三一書房)、『朝日新聞記者が書いた「アメリカ人が知らないアメリカ」』(講談社+α文庫)、『朝日新聞記者が書いたアメリカ人「アホ・マヌケ」論』(講談社+α新書)、『朝日新聞記者が書けなかったアメリカの大汚点』(講談社+α新書」、『アメリカが知らないアメリカ――世界帝国を動かす深奥部の力』(講談社)、編著に『ゲゲゲの娘、レレレの娘、らららの娘』(文春文庫)がある。共著に『追跡リクルート疑惑――スクープ取材に燃えた121日』(朝日新聞社)、「日本ロック&フォークアルバム大全1968―1979」(音楽之友社)など。趣味、銭湯。短気。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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