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東松照明の写真は、今こそ見られるべき作品だ

赤坂英人 美術評論家、ライター

 戦後の日本を代表する写真家である東松照明が亡くなってから、早くも3カ月が経った。

 2012年12月14日に沖縄で亡くなり、遺族からその死が発表されたのは、今年1月になってから。以前から彼の写真に関心を持っていたものにとっては、こころの整理がつかないままに、時が過ぎようとしている。

 1930(昭和5)年、名古屋市に生まれた東松照明は愛知大学を卒業後、岩波写真文庫のスタッフを経てフリーランスとなった。59年、写真家集団「VIVO」を川田喜久治、佐藤明、丹野章、奈良原一高、細江英公らと結成。その後、「米軍基地」や被爆した「長崎」、「沖縄」をテーマにした作品をはじめ数多くの写真群を発表。日本の戦後史を「アメリカニゼーション」と語った東松は、敗戦後の状況を鮮烈な写真で表現した。彼は戦後の写真界の中心的な存在であった。

拡大東松照明作品「波照間島」(1971年、インターフェイス)

 代表的な写真は思い出すだけでも、地面に無残に破壊されて横たわる浦上天主堂の無数の天使像(『<11時02分>NAGASAKI』)、基地の街・横須賀の路上でシャボン玉を膨らませる少女の後ろに立つ米軍水兵のスナップショット(「チューインガムとチョコレート」シリーズ)、沖縄の傾いた水平線上にぽっかりと浮かぶ白い雲を捉えた「波照間島 1971」(『太陽の鉛筆』)、そして千葉県九十九里浜の浜辺に打ち上げられた漂着物を撮った『砂浜「プラスチィック」』シリーズなど。数え上げれば際限がない。 

 また74年に荒木経惟、深瀬昌久、細江英公、森山大道、横須賀功光らと「WORKSHOP写真学校」を若手写真家のために開校したことも後に大きな影響を与えた。

 私が東松照明に会ったのは今から3年ほど前。雑誌の取材で沖縄の那覇市の国際通りに近い彼の自宅を訪ねたときだった。デジタルカメラでカラーの作品を撮っていた彼の仕事部屋には、パソコンやプリンター、スキャナーなどが整然と並んでいた。

 沖縄に住んでいることや、これまでの作品のテーマについて質問すると、東松は言った。

 「何故、沖縄に住んでいるかとよく聞かれます。僕は自分のことを“流浪の民”と言っているんですが、ひとつの場所に定住して生活する農耕民族のようなタイプじゃないんです。狩猟民族のように移動しながら、あらゆる国境を超えて生きるようなタイプの人間です。

 僕の写真を撮るスタンスは、テーマ主義ではないんですよ。ほとんどが街歩きから生まれた写真です。うろうろと街なかを歩くのが好きで、山よりは海が好きで、植物も大好きです。沖縄は亜熱帯だから、植物が豊富で魅せられる。ぶらぶらと街を歩いて、撮りたいものに出会ったときにさっと撮る。そういうスタイルです。歩くのは近所が多いから、結局、行動範囲を変えないと飽きがくるんです」

拡大那覇市の仕事場近くを歩きながら、撮影する東松照明=2009年2月

 彼が近作として見せてくれたのは、那覇の裏通りの風景を撮ったスナップショットで「なんくるないさ」という写真群だった。鮮やかな色彩と明暗のコントラストを見せるその写真は、モノクロームからカラーへ、またアナログからデジタルへと軽やかに移行した、東松のフットワークの現在進行形だった。「なんくるないさ」とは沖縄の言葉で「なんとかなるさ」という意味だと、彼は教えてくれた。

 「テーマ主義ではない」と彼は言ったが、では戦後の米軍基地を撮った「占領」シリーズやその延長線でもある「沖縄」、また「長崎」の原爆に関する彼の膨大な写真群をどう考えればいいのか。私は一瞬、いなされたなと思った。

 と同時に、写真のことは写真のイメージに語らせるべきで、けして言葉でイデオロギー的に、粗雑に語るべきではないと彼は強く思っているのではないかと、その目を見て感じた。

 明るく屈託のない笑顔と、同時に油断と隙を見せない目の表情。それは、

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筆者

赤坂英人

赤坂英人(あかさか・ひでと) 美術評論家、ライター

1953年、北海道生まれ。美術評論家、ライター。早稲田大学卒業。『朝日ジャーナル』編集部勤務を経てフリーライターとして独立。新聞、雑誌に現代美術、現代写真を中心にして、カルチャーに関する記事を執筆。現在、『小説トリッパー』(朝日新聞出版)で、写真家の森山大道氏と「DAMNED」を連載中。監督映像作品に『森山大道 in Paris』、企画・編集書に『昼の学校 夜の学校』(森山大道著、平凡社)などがある。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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