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『純と愛』、脚本家の遊川和彦と夏菜の戦いに決着はついたのか!?

青木るえか エッセイスト

 みなさんそんなに『純と愛』のことが気になるんですか。

 今まで「低視聴率朝ドラ」などいくらでもあったし(『ウェルかめ』とか)、「つまらない朝ドラ」もナンボでもあった(『ウェルかめ』とか)。しかし、そういうのは、終わるとさっさと「もう忘れよう次いこう次」となって語られることもない(『ウェルかめ』とか)。でも『純と愛』って何か語りたいものがあるみたいだ。思い入れというよりはひっかかり。でもひっかかりすらない作品も悲しいものです(『ウェルかめ』とか)。

 私は、舘ひろしがホテルの社長を逐(お)われたあたりで見るのをやめてしまい、ふと気づくと武田鉄矢は亡くなっており、ふと気づくと愛くんは寝たきりとなっており、ええー?と思って見ていたら最終回になっちゃったというような次第で、到底この作品を見ていたとは言いがたいんですが、最終回はそれなりにじっくり見て、初回から見るのをやめる頃に感じたゲンナリが新鮮なまま続いているのに驚いた。

 まるで変わってない。いったいいつまでこの二人は対決し続けるのか。そして決着はずっとつかず戦い続けたまま。

 この二人ってのは、脚本家の遊川和彦さんと主演の純(夏菜)の二人です。

 けっこうたくさんの人が話題にしていたのだが、『純と愛』が始まる直前か始まるのと同時ぐらいに、NHKで番宣を兼ねて(としか思えない)『プロフェッショナル 仕事の流儀』で脚本家遊川和彦が取り上げられて、この『純と愛』への取り組みも撮られていた。

拡大「純と愛」の最終シーンを撮り終えたヒロイン純役の夏菜=2013年2月、NHK大阪放送局

 で、純役の夏菜さんが、遊川さんに演技のことでガンガン怒鳴られたりして涙ぐんでるようなとこが映し出され、まあそういうのはテレビ的によくある絵なんだが、遊川さんがえらく威張っているように見えたのが異様であった。

 ふつう脚本家は役者の芝居に細かく口出したりしないらしい。そういうのは演出家の仕事なんですって。でもまあ、口出したい脚本家もいたっていいし(自分が脚本を書いたとしたら当然、役者の演技にもツベコベ言いたくなるに決まってる)、それがテレビに映ってるってことは演出家もそれを許してるんだろうし、そこは別にいい。

 でも私も遊川さん、ヤダナーと思った。高視聴率&話題作ドラマの脚本家というのをカサにきて威張ってるようにしか見えなかったからだ。「芸術家ならではの、飽くなき追求をするオレ」の自意識。

 こういう、初手から高圧的にがんがんくる“視聴率脚本男”に、主演の夏菜はすっかり拒否反応を起こしてしまい、そのミゾは最後まで埋まらなかった……というようなことがネットのコラムに載っていて、私もその意見には大いに同意するところだ。

 しかし待てよ。

 番組見てたらわかるけど、夏菜も大概だったですよ。

 演技がうまいとか下手とかそういうことを考えさせないタイプの、見ているだけでいたたまれなくなるような芝居……これは怒鳴りたくもなるのでは……。

 と、番組当初は「遊川さんの感じの悪さvs夏菜のいたたまれない芝居」の対決かと思ってたが、しばらく見ているうちに「夏菜と対抗しているのは、遊川さんの感じ悪さではなく、遊川さんの脚本」なのではないかと思えてきた。

 『家政婦のミタ』も『女王の教室』も『GTO』も見ていなかったので遊川さんの脚本の傾向はわからない。が、「日常を、ていねいに、淡々と」系、渡辺あやみたいなのとは違うらしい。 

 私はていねい淡々系を口汚くののしるので、そういうのと違うのはいいかといえばそうはいかない。とにかく私が知ってる遊川脚本は『純と愛』だけで、つっぱしる女の子、人の心が読める青年がでてきて(それが愛くんであるが、これを「いとしくん」というのがちょっとなあ。男だけど「アイ」でいいじゃないですか。山塚アイとかもいるし。「いとし」って音を聞くたびに「いとし・こいし」が出てきちゃってガクッとなるんだ。これはある程度以上のトシの人にしかないことだろうけど)、次々と事件が起こり、次々と人が倒れ、というような展開。

 それが「ついていけない」という感想を呼んでいるようだけれど、別についていけないわけじゃない。マンガでも小説でも、そんな展開のものはナンボでもあるし、もっと荒唐無稽で、とんでもないストーリーはいくらでもある。それでも人が「力ずくでついていかされる」のが名作とか成功作だろう。

 『純と愛』を見ている限り、都合よく起きる事件、大ゲサなリアクション、怒鳴り合い、そんなんアリかよという行動、などが繰り出され、見ているこっちは「ついていけない」んじゃなくて「ついていきたくない」んですよ。

 「ついていけない」とかいうと、何かこちらに努力なり能力なりが足りないみたいではないか。脳の病気で寝たきりになった愛くんを病院から引き取って自分が面倒見る!ってのはいいとして、その愛くんはまるで「眠れる森の美女」みたいな美しき様であり、床ずれができないようにとか申し訳みたいに言って純が看病してるような様子がちらっとあったけど、床ずれより前にまず投薬とか治療とかはどうすんのよと思う。意識ない人間に薬飲ますのタイヘンだぞ。注射はシロウトがしちゃいかんし点滴はなおのこと。って、テレビドラマ相手にそんなヤボなこと言いたくないが。

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筆者

青木るえか

青木るえか(あおき・るえか) エッセイスト

1962年、東京生まれ東京育ち。エッセイスト。女子美術大学卒業。25歳から2年に1回引っ越しをする人生となる。現在は福岡在住。広島で出会ったホルモン天ぷらに耽溺中。とくに血肝のファン。著書に『定年がやってくる――妻の本音と夫の心得』(ちくま新書)、『主婦でスミマセン』(角川文庫)、『猫の品格』(文春新書)、『OSKを見にいけ!』(青弓社)など。

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