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現代的なメロドラマ・サスペンスの傑作――舩橋淳『桜並木の満開の下に』(下)――幽霊映画的ファクター、成瀬巳喜男『乱れ雲』の見事な換骨奪胎など

藤崎康 映画評論家、文芸評論家、慶応義塾大学、学習院大学講師

 (上)に引き続き、『桜並木の満開の下に』における、<情>の精妙な表現について述べる。

*研次の葬儀のシーンに続く、フラッシュバック/回想形式を含む海岸の場面も、きわめて印象深い。順を追って、やや詳しく見ていこう。

 砂浜をゆっくりとジョギングする黒いスポーツウェアの栞(逆光で撮られた栞の姿は、ほとんどシルエット(影絵)・ショットとなる)。

→雲間から太陽がのぞいたせいか、あるいはジョグ&ウォークする栞の体の向きが変わったせいか、彼女の顔の半面に陽が当たる(ここでもカメラは、ジョグ&ウォークしたり、立ち止まったりする栞を、長回しの全身ショットでじっくりと撮る)。

→ややあって、栞は砂浜に坐って、波打ち際でボール遊びをする一組の夫婦と男の子を眺める。

→ついでカメラは、砂浜を転がってゆく黄色いビニールのボールを追う。

→次の瞬間、波打ち際でその黄色いボールと戯れる研次の姿が映る(つまり、画面は過去へとフラッシュバックする)。

→海辺で寄りそう栞と研次(栞はそこでも、直前の「現在」のショットと同じ黒のスポーツウェアを着ているので、このフラッシュバックへの転換はスムーズになされ、と同時に観客はハッとする。むろん、フラッシュバックを開始する編集ポイントとなる黄色いボールの映像も、じつに効果的)。

→研次は寒そうに立っている栞に、自分のベージュのジャケットをはおらせる(この研次の行為は後半で、工が栞に自分のジャケットを着せるという形で<反復>される)。

→まもなく、研次を逆光のシルエットでとらえたカメラが後退するので、彼の姿は画面の奥へ遠ざかってゆくように見える。これは明らかに、前半でふたりが桜のつぼみを見に行く場面の最後で、研次が栞から離れて土手の上を歩き去ってゆくショットの、いわば変奏された<反復>だ。

 そして、栞は黒っぽい影絵となった研次を見て、くだんの散歩のシーンで見せたような、かすかに怪訝(けげん)そうな、と同時に放心したような表情を浮かべる(もはや明らかなように、本作ではいくつかのイメージが変奏されつつ反復され、さまざまな強弱で見る者の心を騒がせる――栞のジョギングや、波や砂浜、彼女が運転するバイクの走行、研次と工が栞に上着をはおらせること、などなど)。

 言うまでもなく、ここで出現する研次は、フラッシュバックによる死者の再現という意味でも、<幽霊>的な存在である。また言うまでもなく、研次をシルエット・ショットで撮るという映画的アイデアによってこそ、彼の<幽霊性>、および彼を忘れられない栞の<情>は、微妙なニュアンスで、しかもクリアに印象づけられる(ひょっとしたら、この場面はフラッシュバックではなく、栞が実際に研次の幽霊を見るシーンかもしれない……と、思いたくなるほど、ここでの画(え)づくりは鮮明かつ幻想的だ。ちなみに、こういうショットを見せられると、舩橋淳の撮ったホラーというのも見たくなる)。

→しばらくして画面は「現在」へと戻る。栞だけが独り海辺を歩くロング・ショットで、彼女の背景いっぱいに、白く砕けて泡立ちながら激しく打ち寄せる灰色の波が映る。舩橋はそこでもやはり、栞の孤独感を、荒々しく砕け散る波の映像に<託して>いるのだ(また、「3・11」を経験した私たちは、この禍々(まがまが)しい波の映像から、否応なく<津波>を連想してしまう。そういえば、このシーンを開始するのは、崩れた家屋とその周囲に散乱した家具などの――明らかに被災地の――記録映像だ。つまり、直接には描かれない「3・11」は、震災後の日立市を舞台にする本作に、いわば<痕跡>として映り込んでいるのである。ちなみに『桜並木~』の一連の曇り空の場面を目にすると、テオ・アンゲロプロスや黒沢清の映画がそうであるように、曇天のもとでこそ被写体はくっきりとした輪郭を帯びる、ということに改めて気づかされる)。

*『桜並木~』のメロドラマ性の核心は、中盤以降に描かれる、栞が憎しみの対象だった工と、1年間の時を経て互いに惹かれ合うようになる、という展開にある。――とりわけ、栞と、彼女への愛ゆえに工場を去ろうとする工が宿屋で夜を共にするシーン、

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筆者

藤崎康

藤崎康(ふじさき・こう) 映画評論家、文芸評論家、慶応義塾大学、学習院大学講師

東京都生まれ。映画評論家、文芸評論家。1983年、慶応義塾大学フランス文学科大学院博士課程修了。著書に『戦争の映画史――恐怖と快楽のフィルム学』(朝日選書)など。現在『クロード・シャブロル論』(仮題)を準備中。熱狂的なスロージョガ―、かつ草テニスプレーヤー。わが人生のべスト3(順不同)は邦画が、山中貞雄『丹下左膳余話 百万両の壺』、江崎実生『逢いたくて逢いたくて』、黒沢清『叫』、洋画がジョン・フォード『長い灰色の線』、クロード・シャブロル『野獣死すべし』、シルベスター・スタローン『ランボー 最後の戦場』(いずれも順不同)

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