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カンヌ映画祭はなぜ強いのか?(上)――華やかさの演出とフィルム・マーケットの成功

林瑞絵 フリーライター、映画ジャーナリスト

 鯉のぼりでも、五月病でも、ゴールデンウィークでもない。映画関係者にとって5月といえば、カンヌ映画祭である。今年は5月15日~26日までの全12日間の日程で開催している。

 2012年、最高賞のパルムドールに輝いたミヒャエル・ハネケの『愛、アムール』と、2011年にジャン・デュジャルダンが最優秀男優賞に輝いたミシェル・アザナヴィシウスの『アーティスト』は、ともに米アカデミー賞でも台風の目になった。それぞれ最優秀作品賞、最優秀外国語映画賞受賞の快挙を達成し、世界中でヒット。カンヌが発掘する作品の強さを見せつけた。

 カンヌ映画祭は今や、「世界一」とか「世界最大」の映画祭と目されている。2012年は、世界88カ国から4770人のジャーナリストと放送技術者が足を運んだ。カンヌ市の公式ホームページでは、「カンヌ映画祭は、オリンピックに次いで世界で最も報道されるイベント」と紹介されている。では、なぜそもそもカンヌが世界ナンバーワンの映画祭でいられるのだろう。

■資金力に支えられた華やかさの演出力

 今年で66回目を迎えたカンヌ映画祭は、1946年に政府の後ろ盾のもとに誕生した。すでにスタートしていた水の都・ベネチア映画祭に対抗すべく白羽の矢が立ったのが、モナコとイタリアにほど近い地中海に面した高級リゾート地カンヌ。もとは小さな漁村だったが、19世紀前半にイギリス人貴族たちが好む保養地に。邸宅や高級ホテル、ヨットが並び、一流の映画人を招くのにふさわしい優雅な雰囲気が漂う町となっていた。

 1952年からは9月に開催されていた映画祭が、一年中で最も過ごしやすい新緑の5月に移行した。太陽と海に恵まれた風光明媚な地は、国際的なスターや監督、ジャーナリストたちをさらに惹きつける要因となっただろう。

拡大レッド・カーペットではスターがポーズ (c) FDC L. Fauquembergue

 「パレ」と呼ばれるメイン会場のパレ・デ・フェスティバルも、重要な役割を果たす。

 1983年に改築されたパレのリュミエール大劇場には24段の階段がある。ここに1987年からレッド・カーペットが敷かれると、ドレスアップをしたスターが「栄光の24段」でポーズをとるようになった。

 その光景はテレビや写真週刊誌にうってつけ。レッド・カーペットという演出は、スターの価値を高め、映画ファンに夢を与えたのだ。

 また夜の公式上映はジャーナリストやバイヤーを含む観客すべてに正装を義務づけたり、積極的にスターや要人を囲み晩餐会を開くのも、華やかしさが感じられる演出だった。

 最高賞パルムドールのトロフィーは、スイスの高級宝飾ブランド、ショパールが制作。

 金のシュロの枝葉をあしらった水晶のトロフィーは、スターさながらプライベートジェット機で運ばれてくる。

拡大パルムドールのトロフィー (c) FDC

 華やかさの演出のためには出費もかさむ。

 公式サイトには、「映画祭の予算はおよそ2000万ユーロ(約26億3000万円)で、その半分が文化省(国立映画センター)、カンヌ市、地方団体(プロヴァンス=アルプ=コート・ダジュール地方評議会およびアルプ=マリティーム県議会)を通じて公金によりまかなわれる。資金調達は、複数の専門団体、インスティテューショナル・パートナー、私企業、オフィシャル・パートナーの出資によってまかなわれる」とある。

 伝統的に文化を重要視するフランス国家からのサポートの厚さには目をみはるが、実は公費の手厚さにあぐらをかいているわけではない。

 例えば

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筆者

林瑞絵

林瑞絵(はやし・みずえ) フリーライター、映画ジャーナリスト

フリーライター、映画ジャーナリスト。1972年、札幌市生まれ。大学卒業後、映画宣伝業を経て渡仏。現在はパリに在住し、映画、子育て、旅行、フランスの文化・社会一般について執筆する。著書に『フランス映画どこへ行く――ヌーヴェル・ヴァーグから遠く離れて』(花伝社/「キネマ旬報映画本大賞2011」で第7位)、『パリの子育て・親育て』(花伝社)がある。

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