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 2007年冬に登場した『ミシュランガイド』の功罪はさんざん書かれてきたが、私はその最大の罪は「おまかせ料理」の氾濫だと思う。つまり、フランス料理であれ和食であれ、値段が決まっていて中身はすべてシェフにおまかせというパターンが、このガイドの登場以降増えたのだ。

 私が住んでいる東京・神楽坂界隈で言えば、「ル・マンジュ・トゥー」はかつて3000円台と6000円台のコースがあったし、たぶん単品も注文できた。もちろん3000円台のコースでも、数種の料理から前菜と主菜を選ぶことができた。それがミシュラン2つ星となった今は、1万2600円のコースのみ(ディナー)。

 和食でも2つ星から3つ星に昇格した「石かわ」は、かつては6000円台のコースや単品もあったが、いまや1万5000円と1万9000円のコースのみ(「ル・マンジュ・トゥー」もそうだが、別途サービス料10%と消費税!)。

 そんな値段になってからはめったに行かないが、たまに行っておまかせを注文すると、おいしかったけれど後で何を食べたか覚えていない。口でいろいろ説明されて、複雑な味覚を味わった気がするが、何だか手品でも見せられたようでどこか納得がいかない。

 最近話題のフランス料理店と言えば、銀座の「エスキス」(2012年6月オープン)だが、1万8000円と2万3000円のおまかせしかない(ディナー)。あるいは南青山の「ラス」(2012年2月オープン)は5250円のおまかせのみ。この2つはこちらが空いている日に予約が取れず(「ラス」は20時半以降ならと2度言われた。2回転か!)、銀座でずいぶん評判がよいイタリア料理店「クロディーノ」(2011年6月オープン)に行ってみた。

 今はなき「エノテカ・ピンキオーリ」にいた料理人やソムリエが始めたという店だが、「エノテカ・ピンキオーリ」と違って5000円のコースがあるという。「クラシコ・メニュー」がそれで、確かに前菜、パスタ、デザート、コーヒーまで揃っている。ところがこれがすべて「おまかせ」だった。

 もちろん白身魚のマリネもフェトチーネも、仔羊もすべて繊細でおいしかった。そのうえ、照明を落とした室内といい、サービスの人達の丁寧で温かいもてなしといい、銀座らしい大人の空間だ。そのうえ、ワインも3000円台が数本あってチョイスもいい。もちろん8000円のコースは選べるし、単品もあるのだけれど、売りの「5000円」がおまかせとは。

 「ボン・グゥ神楽坂」が評判のオー・グー・ドゥ・ジュール系列の「ヌーヴェル・エール」は数年前にできてミシュランの1つ星だが、ディナーで8000円と1万2000円のコースしかない。そのうえ8000円のコースで選べるのは主菜だけで、それも私が行った時は鴨か仔牛のキャベツ包みの2種類しかなかった。そのうえ、メニューに同じテーブルで同じ料理を選ぶことを勧めるとまで書いてある。ここは東京駅の景色が素晴らしいし、料理も悪くないのだが、それにしてもシェフのやりたい放題だ。

 考えてみたら、ミシュランの本家フランスでは星つきであろうがなかろうが、そんなおまかせのレストランに行ったことがない。唯一の例外は、ジョエル・ロブションの今はなき「ジャマン」だけだろう。1990年代に行った時は、メニューがなくておかませが2種類あった記憶がある。

 言うまでもなく、いわゆるヌーヴェル・キュイジーヌ以降のフランス料理は日本料理に大きな影響を受けてきた。ロブションの小皿が9つほど出てくるおまかせコースは、まさに日本の懐石に学んだ成果だったろう。その後、東京にできたロブションの複数の店には、いずれもおまかせはないが。

 確かに懐石(あるいは会席)料理はもともとは茶会や連歌の会のためのもので、何を食べるかを選ぶことは主目的ではない。現在ではそれが接待に使われているうちに、自分で食べたいものを選ぶことができない社用族の大人たちが、重宝するようになったのではないか。

 『ミシュランガイド』が出て、さらに「シェフ

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筆者

古賀太

古賀太(こが・ふとし) 日本大学芸術学部映画学科教授(映画史、映像/アートマネジメント)

1961年生まれ。国際交流基金勤務後、朝日新聞社の文化事業部企画委員や文化部記者を経て、2009年より日本大学芸術学部映画学科教授。専門は映画史と映画ビジネス。訳書に『魔術師メリエス――映画の世紀を開いたわが祖父の生涯』(マドレーヌ・マルテット=メリエス著、フィルムアート社)、共著に『日本映画史叢書15 日本映画の誕生』(岩本憲児編、森話社)など。個人ブログ「そして、人生も映画も続く」をほぼ毎日更新中。http://images2.cocolog-nifty.com/

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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