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「あまちゃん」な日々に「カーネーション」を思う理由

矢部万紀子 コラムニスト

 52年余り生きている。幼稚園のとき「おはなはん」を見て、「おしん」は社会人1年生、「だいこん飯のおしんより、私のほうが楽と思おう」と己を叱咤激励した。NHKの朝ドラとわが人生、「あのとき私はこんなことしてたなー」の指標である。

 そんな私なので、「ナンバーワンNHK朝ドラは何か」などという話を時々、人とする。ためらわず、「カーネーション」と答えていた。「ちりとてちん」もかなり好きだったが、「カーネーション」には女性の哀しみが底にあり、だから色っぽい、その後の「おひさま」、「梅ちゃん先生」は話にならないし、「純と愛」で感情移入するのは至難の業であろう、そんなわけでカーネーション派の私です、と。ところが、じぇじぇじぇ、ここへ来て「あまちゃん」という強敵出現である。

 「あまちゃん」は可愛い、そして笑える。能年玲奈が健気だし、荒川良々がとくにおかしい。さすがクドカン。「潮騒のメモリー」もカラオケにあったら、歌いたいとさえ思う。

 だから「あまちゃん vs.カーネーション」は、最近のマイテーマである。笑えて健気vs.切なくて色っぽい。全然違って、どっちもいい。と、金子みすずになってしまっている。が、ここからは「カーネーション」のことを書く。書きたい。

 糸子という主人公のモデルはコシノ3姉妹の母で、岸和田が舞台といった話は有名だから省く。私が書きたいのは、糸子と近所に住む弱虫の同級生・勘助の話だ。この2人に、脚本家の渡辺あやさんはミッションを与えていたと思う。「男と女の力関係」の深さと苦しさみたいなものを考えさせるというミッションだ。

 子役時代と大人になってから、糸子は二度、同じ場所で取っ組み合いの喧嘩をする。どちらも糸子vs.男子だが、喧嘩の原因には勘助が関係しているからその場(川の土手)にいる。一度目は糸子、五分の戦いをする。だが、川に落ちびしょ濡れで帰る。帰宅すると父親に咎められる。なぜ、そんな喧嘩を買ったのか、と。糸子が「女だからと、なめられたくなかった」と答えると、父は糸子を殴り飛ばした。ものすごく強く。

 「これが男の力だ。かなわないのに、張り合うな」という言葉が続く。歯を食いしばり、黙って父親をじっと見つめる糸子役の子どもの表情に、私は泣けてきた。勘助も画面の中でめそめそ泣いていた。

 糸子が女学生になってからの二度目の喧嘩は、完敗だった。しかも「喧嘩において弱虫のとる唯一の作戦」そのままに、勘助が「わーーー」と叫びながら喧嘩相手に鞄をぶつけ、糸子を助ける。糸子は勘助におぶられて帰宅し、勘助を追い返すと布団の中で泣く。あんなヘタレに助けられた、男だけが強くなって自分はおいてきぼりだ、と泣く。

 この二つの喧嘩のシーンを通して、フェミニストとしての渡辺あやさんの視点と、脚本家としての渡辺あやさんの手腕、両方の確かさを私は知った。

 そしてさらに、勘助の話があるので続ける。

 勘助は戦争に行き、一度は無事、帰ってきたが、すっかり生気を失っていた。 ・・・ログインして読む
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筆者

矢部万紀子

矢部万紀子(やべ・まきこ) コラムニスト

1961年生まれ。83年、朝日新聞社に入社。宇都宮支局、学芸部を経て、週刊誌「アエラ」の創刊メンバーに。その後、経済部、「週刊朝日」などで記者をし、「週刊朝日」副編集長、「アエラ」編集長代理、書籍編集部長などをつとめる。「週刊朝日」時代に担当したコラムが松本人志著『遺書』『松本』となり、ミリオンセラーになる。2011年4月、いきいき株式会社(現「株式会社ハルメク」)に入社、同年6月から2017年7月まで、50代からの女性のための月刊生活情報誌「いきいき」(現「ハルメク」)編集長をつとめた後、退社、フリーランスに。著書に『美智子さまという奇跡』(幻冬舎新書)、『朝ドラには働く女子の本音が詰まってる』(ちくま新書)。

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