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中東を新書で読む(上)――新聞・テレビ報道の補完として

福嶋聡 ジュンク堂書店難波店店長

 もう2年半近く経つのか、と思う。

 「ジャスミン革命」と呼ばれたチュニジアの民衆蜂起は、2011年1月14日に、ベン=アリー大統領の国外亡命を余儀なくさせた。「ジャスミン革命」に触発されたエジプトの民衆は首都カイロのタハリール広場に集結、2月11日には30年間に及ぶムバラク政権に終止符を打った。

 ちょうどその1カ月後、「イスラム世界の民主化」の流れが益々多くの世界の人々の注目を集め、その流れがさらに拡大していくさなかに、日本の新聞紙面から「アラブの春」の記事は消えた。言うまでもなく、東日本大震災が起こり、さらに福島第一原発事故が発生したからである。

 それはやむを得ないとぼくも思う。地球の裏側の「民主化運動」よりも、日本で起きた未曾有の大災害に目が向けられたのは当然だ。新聞紙面の重心がそこに移るのも、否それ一色になるのも自然なことである。

 ただ、東日本大震災で「アラブの春」が止まったわけではない。自国の大災害に大わらわの日本にも、それを伝える、あるいは少なくとも書き留めるメディアがあっていい。そこに、書籍の役割はあろう。決して卑下している訳ではなく、負け惜しみでもなく、購読者数1000万部に対してこちらは初版3000部というのが、実は強みなのだ。1000万部の新聞は、紙面の中心を、場合によっては紙面の全部を、最大多数の圧倒的な関心と重ねあわせないわけにはいかないからだ。

 その点、書籍は、その0.03%の強い関心があれば成立する。どちらも必要である。書籍は新聞の速報性に勝てない。一方新聞は書籍のように広く自由にテーマを選べない。だから相互に補い合って存在している。新聞の第一面最下段が、書籍の三八(サンヤツ)広告と決まっているのも、長年にわたる相補的な「友情の証し」(?)だろうか?

 2013年1月に起こった「アルジェリア人質事件」も、決してそれだけが独立して起こった突発的な事件ではなく、「アラブの春」の報道が2011年3月に途切れなかったら、「アラブの春」と呼ばれる一連の流れを追い続けていたら、事件の可能性をある程度事前に察知できたかもしれない。この事件の背景には、「革命の連鎖」もまた関わっている可能性が高いからだ。それが事件の横軸だとすると、縦軸としては、恐らく、先進諸国によるアフリカの資源獲得競争、資源の簒奪へのアフリカの人々の反発がある。

 ところが、当時、そうした背景に言及する報道は、ほとんど無かった。リアルタイムに事件を追うテレビ、新聞報道にとって、そして視聴者、購読者にとって関心の中心が人質の救出であったのは、当然かもしれない。

 人命を第一とする姿勢に異論はない。しかし、残念ながら10名の死者を出して事件が収束したあとでも、議論が犠牲者の実名報道の是非に終始したのは、いかがなものか。事件の背景のより広範な調査・考察が、求められるべきではなかったか(ぼくが知る限り、当時のネット上のニュースも、そのあたりの事情は同じであった)。

 重信メイ『「アラブの春」の正体――欧米とメディアに踊らされた民主化革命』(角川oneテーマ21)によれば、「アラブの春」の進展は世界中で注目されたが、同時にその報道は、報道する側の国情にも捻じ曲げられた、という。

 チュニジアで「アラブの春」が始まったのはアラブのなかでも早くインターネットが解禁されていたからであり、エジプトではフェイスブックやツイッターを使って呼びかけたデモに集まった数万の人たちがタハリール広場へ座り込んだなど、新しいメディア環境が「革命」を手助けしたことはよく報じられた。

 だが、首都のカイロやアルマヘッラ・アルコブラなどの工業都市で一気に起こされたストライキによる経済麻痺が軍のムバラク離れを促したことは、(日本を含めて)ほとんど報じられていない。おそらく、

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筆者

福嶋聡

福嶋聡(ふくしま・あきら) ジュンク堂書店難波店店長

1959年生まれ。京都大学文学部哲学科卒。1982年、ジュンク堂書店入社。サンパル店(神戸)、京都店、仙台店、池袋本店などを経て、現在、難波店店長。著書に『希望の書店論』(人文書院)、『劇場としての書店』(新評論)など。

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