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[11]第2章 演劇篇(3)

香取俊介 脚本家、ノンフィクション作家

朝日新聞連載の連載小説がカジノを救った

 カジノ・フォーリー文芸部の責任者で脚本と演出を手がけた島村龍三は後年こう述懐する。

 「間口4、5間、奥行きも同じくらいの舞台で、客席は4、5人かけのベンチ。300人くらい座れたでしょうか。1日3回の公演だが、開演時間になっても客席にはだれもいない。開演を一時間延ばしても、1人か2人というありさまで、夜8時の鐘を合図に、割引したが、それでもお客は来てくれません。今年いっぱいもつだろうか、と思うとうらぶれた気持ちでした』(読売新聞『実録川端康成』)

 そんなある日、一通の手紙が事務所に舞い込んだ。差出人は小説家の川端康成で、「カジノ・フォーリーのことでいろいろおたずねしたい」という内容だった。島村が返事を書くと、まもなく和服姿の川端康成が鋭い目を光らせて訪ねてきた。

 川端の取材はじつに丁寧で、おびただしいメモをとる。このときも、浅草の興行をことごとく見て、膨大なノートをとったという。

 朝日新聞の連載小説がはじまって間もなく異変が起こった。カジノ・フォーリーの入り口にめずらしく人が集まってきたのである。なにかもめごとでも生じたのかと島村龍三があわてて出て行くと、なんと川端がレビューを見に来たのだという。前代未聞の出来ごとであったと島村は述懐する。現実が脚本家の想像力をはるかに凌駕したのである。

新感覚派の斬新な小説『浅草紅団』

 『浅草紅団』は関東大震災後の盛り場・浅草を舞台に、川端康成が既成の価値観を転換させるモダニズムの観点から、不良少女・少年たちの生き方を斬新な文体で綴った小説であった。

 当時、既成の文壇を圧倒するように社会主義リアリズムにもとづくプロレタリア文学が台頭し、多くの学生や労働者をひきつけた。これに対抗するように「芸術至上主義」に軸足をおく「新感覚派」の文学が興った。川端康成は当時、横光利一とともに新感覚派の理論的リーダー格であり、すでに、『伊豆の踊り子』を世に出し新進作家として注目されていた。『浅草紅団』は新感覚派に典型的なスピード感あふれる斬新な文体で、カジノ・フォーリーのハイライトをこう描写する。

 「『和洋ジャズ合奏レビュー』という乱調子な見世物が一九二九年型の浅草だとすると、東京にただ一つ舶来モダーン専門に旗上げしたカジノは、地下鉄食堂の尖塔とともに一九三〇年型の浅草かもしれない。エロチシズムとナンセンスとスピードと、時事漫画風なユーモアとジャズ・ソングと女の足と――。
(中略)
一、ジャズ・ダンス「ティティナ」。二、アクロバチック・タンゴ。三、ナンセンス・スケッチ「その子、その子」。四、ダンス「ラ・パロマ」。五、コミック・ソング――と、十一景のバラエティがそうだ。踊子達は舞台の袖で乳房を出して衣裳替えするほど、あわただしい暗転だ。そして、六、ジャズ・ダンス「銀座」だ。
帯の幅ほどある道を
セーラー・ズボンに引き眉毛
イートン・クロップうれしいね
スネーク・ウッドを振りながら
…………
シルク・ハットを斜めにかぶり、黒ビロードのチョッキに赤リボンのネクタイ、白くひらいた襟。ほそ身のステッキを小脇に抱えて――もちろん女優の男装で足はハダシだ。そして腰までのスカートに靴下なしの娘たちと手を組み、「当世銀座節」を合唱しながら、銀座散歩の身ぶりよろしく踊り歩くのだ。
と、闇でたちまち「深川とかっぽれ」。
――水浅黄色のハッピー・コート一枚の、いなせな若衆二人の踊りにつれて、お下げの髪がゆれるのだ」

 当時、川端康成は大森から上野桜木町に引っ越し、毎日のように浅草探訪を試みていた。その体験をふまえて新聞小説を執筆したのである。1929(昭和4)年12月12日、東京朝日新聞の夕刊から連載がはじまった。

カジノ・フォーリーの舞台。中央が梅園竜子(「週刊朝日」より)拡大カジノ・フォーリーの舞台。中央が梅園竜子(「週刊朝日」より)
 上記の描写は同年12月、第5回公演のカジノ・フォーリーの舞台風景である。

 「かっぽれ」を踊る若い娘の中に、カジノのクイーンといわれた梅園龍子がいた。三軒茶屋にあった花島流の踊りの師匠の孫で、のちに喜劇役者エノケンの夫人となる花島佳世子とともにカジノ・フォーリーの花となり看板娘となった。

 学生や青年たちは彼女をひと目見るため乏しい小遣いをはたいて浅草に通い、素人娘の「生足(なまあし)」での踊りや歌に胸をときめかせた。まさに秋葉原のAKB劇場につめかける若者たちそのものであった。

『浅草紅団』とズロース事件の相乗効果

 『浅草紅団』は川端康成の若書きの小説であり、川端自身後年「読み返すと恥ずかしい」失敗作としているが、「新感覚派」の斬新で新鮮な描写が随所にはさまれていて、川端の才気を感じさせる。川端自身と見られる作中の「私」の目を通してエンコ(浅草公園のこと)を中心に集まる浅草の不良少年、不良少女らの生態が鮮やかに描かれる。

 ヒロインの弓子は断髪でエキセントリックなところのある美少女で、少年に変装して浅草界隈を歩き回ったりする。弓子の姉千代は大震災の後、失恋がもとで気がふれた。姉妹は大震災のとき避難民にまじって小学校で避難生活をしたが、そこで姉は赤木という男と知り合い恋仲になった。ところが赤木はヤクザ風の遊び人で千代を捨てた。千代はそれが原因で発狂し亡くなったのである。

 再び浅草に現れた赤木を、弓子は「姉の仇」として隅田川に浮かぶ屋形船に誘い出し、毒薬を手にして姉の苦悩を思い起こさせる。弓子は毒薬を口にふくみ赤木とキスをし、赤木の口に毒を流し込む。この辺りは「あぶな絵」的色彩をもっており、妖美にあふれている。

 新聞連載は赤木の死を予感させるところで終わる。ここまでが全体のほぼ5分の3であり、以後、雑誌に続編を書いて1冊に仕上げて刊行した。

 『浅草紅団』にくわえて「カジノでは毎週金曜日に踊子がズロースを落とす」という噂が流れた。 ・・・ログインして読む
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筆者

香取俊介

香取俊介(かとり・しゅんすけ) 脚本家、ノンフィクション作家

1942年、東京生まれ。東京外語大学ロシア科卒。NHKをへて脚本家、ノンフィクション作家に。「異文化摩擦」と「昭和」がメインテーマ。ドラマ作品に「私生活」(NHK)、「山河燃ゆ」(NHK・共同脚本)、「静寂の声」(テレビ朝日系)。ノンフィクション作品に『マッカーサーが探した男』(双葉社)、『もうひとつの昭和』(講談社)、『今村昌平伝説』(河出書房新社)など。