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ネット選挙、原発問題が炎上するメカニズム――連続討議「ソーシャルメディア社会における情報流通と制度設計」から(5)

情報ネットワーク法学会

 「ツイッター上のコミュニケーションは、いわゆる世論ではない」。立命館大学特別招聘准教授の西田亮介氏は、7月の参議院議員選挙における、いわゆる「ネット選挙」に関する毎日新聞との共同研究で、ツイッターの解析結果と一般的な世論調査との違いを強調した。世論調査と比べて、ツイッターでは原発問題が盛り上がりを見せているという。そのメカニズムはどうなっているのだろうか。今回から、参院選直後の7月27日に行われた議論を4回にわたり紹介する。まずは西田氏の基調発表をお届けしよう。(構成・新志有裕)

国会議員の発言分析がきっかけ

 これまで社会学の概念や視点を用いつつ、エンジニアリングの手法を用いて分析しながら、制度や政策を研究対象にするという変わったスタイルで仕事をしてきました。ネット選挙は最近の社会的関心事のひとつですが、ソーシャルビジネスや情報技術を用いた地域振興の研究、地方自治体の条例の策定などにも関わってきました。社会学というのは総じて「悪食」(あくじき)などと揶揄されるわけですが、なかでもぼくはとりわけ悪食でしょう。

西田亮介氏(右)拡大西田亮介氏(右)
 ネット選挙を研究しているといっても、もともと公選法に関心を持っていたわけではありません。むしろソーシャルメディア上の国会議員の発言を分析していました。彼らのツイートから、コミュニケーションのパターンを分析していました。当時ツイッターのアカウントを持っていたのは214人で、活発にツイートを行い、しかも双方向のやり取りをしている国会議員はその中でも、概ね10%しかいませんでした。

 ソーシャルメディアという技術は、双方向のやり取りができる可能性をもっているにもかかわらず、現実にそういうことが起きないのはなぜか、という現象面からこの問題に関心をもつようになり、そこから公選法という制度の問題にも踏み込んでいくようになりました。それが2年ほど前のことになると思います。

 今日の基調発表には「ネット選挙・メディア・民主主義」という題名を付けましたが、ネット選挙を切り口に、民主主義がうまく働くような制度設計はどのようなものがあり得るのかという問題提起をさせていただければと思います。

 一般にネット選挙解禁と言われていますが、これは電子投票等ではなく、インターネットを用いた選挙運動が解禁されるようになったということです。選挙運動は一般的な政治活動の中でも、特異な位置づけになっています。ネット選挙解禁では、公選法の第142条に「ウェブサイト等を利用する方法による文書図画の頒布」という項目を付け足した点が中心になっていて、そのほかに落選運動や有権者への挨拶の解禁等、一部その他のところにも変化はあったものの、従来の規制はそのままです。例えば、投票年齢は20歳以上という年齢制限などは、まったくもって従来どおりです。

均質な公平性か漸進的改良主義か

 日本のネット選挙解禁のもうひとつの特徴として、今まで公選法で位置付けられていなかった落選運動が法的に位置付けられたことが挙げられます。ただ、いくつか課題も残っています。電子メールを使った選挙運動は、候補者と政党に限られています。有償バナー広告の利用も政党のみに限られています。一般にウェブサービスに区分されるものは、動画等も含めて自由に使っていいわけですが、SMTPサーバーを経由する電子メールやショートメッセージには、様々な制約が残されたままです。技術的にはウェブサービスと電子メールは区別できますが、機能面では両者は区別できません。

 ですからウェブ利用者の一般的な感覚でいえば、合理性に欠くでしょう。また有権者よりも、政党や政治家のほうが利用できる範囲が広いというのは、ちょっと考えてみればおかしい。彼らは国民の代表ですが、有権者より彼らのほうが接触できる情報量が多いというのは歪(いびつ)ですね。

 このような課題を抽象的に表現すると、「均質な公平性」か「漸進的改良主義」か、という2つの概念に集約できますが、結局どちらかを擁護したいのかよくわからない状態になっています。「均質な公平性」は、制限列挙形式に代表されるように、日本の選挙制度の中では基本的に各陣営が同じツールで、同じ条件で選挙運動を行っているということです。他方、アメリカやイギリスのように、特に選挙運動の手段を指定せずに、候補者は自由に、持てる全ての手段を用いて選挙運動に取り組むような考え方もあります。

 ウェブで一般的になっているサービスの設計思想は、最初から完成形を出していくというわけではなくて、ある程度の完成度の試作品の段階でリリースして、問題が発覚すれば、随時更新していくような、「漸進的改良主義」です。このような2つの考え方がインターネットとそれ以外のところでちぐはぐなのですが、公選法142条以外は従来通りのままにして、つぎはぎにする形で、「ウェブサービスのみ好きに活用して下さい」という形で追記されているところに、思想的な齟齬が現れているといえます。

投票率が上昇するとの期待は誤解

 ネット選挙解禁にあたっては、様々な誤解がありました。例えば、金のかからない選挙が実現できるのではないか、とか、投票率を上げるんじゃないか、とか期待も込めて言われていました。これらについては先行研究でも、あんまり根拠のないことだと指摘されていましたが、マスメディアも含めて、投票率の向上や脱金権政治が起きるのではないかと盛んに喧伝していました。

 しかし、日本におけるネット選挙解禁は従来型の選挙運動を禁止するのではなく、そこに新しい領域を付け加えているわけですから、お金がかからないことはありません。ネット選挙の部分が従来の選挙運動に付け加えられる形になるので、その分コストが増すと考えるのが合理的です。

 確かにツイッターやフェイスブックというプラットフォームは無料で登録でき、そのことがお金がかからない選挙が実現できるのではないかという期待を生んだわけですが、ウェブサイトにリッチなコンテンツを流すなどの高度な運用をすると、自前ですべて用意するには厳しくなって、外部の業者を使わざるを得なくなります。そこに追加のコストが発生するというわけです。

 投票率の上昇については、日本と選挙制度が似ている韓国の例が引き合いに出されるケースもありますが、そもそも韓国の大統領選挙で投票率が最も高かったのは民主化直後の1980年代後半であって、ネット選挙解禁の2002年の時は、90年代と比較して投票率が下がっています。2007年はさらに下がりました。2012年に少し上がりましたが、ネット選挙が解禁されたから投票率が上がるという因果関係や相関関係を見出すことは困難だと言わざるを得ないでしょう。

 なおアメリカやイギリスにおいては、いつからネット選挙を解禁したのかというのは明確には分かりません。もともと、とくに選挙運動の手法についての規制がないからです。したがってネット選挙の解禁と投票率を比較することはできず、総じて見ると「ネット選挙解禁で投票率が上がる」という説には何の根拠もありませんでした。

 実際日本でも蓋を開けてみると、東京都議選は、ネット選挙解禁前でしたが、事実上様々なネットを使ったPRが行われました。しかし、投票率は54.9%で史上2番目の低さでした。地方選挙で初めてネット選挙が解禁された福岡県の中間市(7月14日投票)でも43.64%と史上最低でした。2013年の参院選が52.61%の投票率でこれも史上3番目、ワーストから見て3番目の投票率でした。もともと根拠がない話だったわけですが、案の定、否定されたということになります。

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