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宮崎駿『風立ちぬ』の近代――戦略爆撃の時代の戦闘機乗り

浅羽通明

 まずひとつ、謎かけをいたしましょう。

 映画『風立ちぬ』のラストシーンで、主人公堀越二郎がイタリア人カプローニ伯爵とふたりで草原に立っています。

 堀越二郎は、ゼロ戦を設計した実在の航空エンジニアをモデルとした人物。カプローニ伯爵のモデルは、イタリアの飛行機設計者で飛行機会社のオーナーだった人。

  伯爵は、堀越二郎の憧れの存在で、少年時代から折あるごとに夢に現れ、けっこう深い会話をします。このラストシーンも、夢の中なのです。

 そのひとつ前の夢の中で、伯爵は、「創造的人生は10年だ」と堀越を励まします。設計者としての絶頂期という意味でしょう。それを踏まえて、最後の夢で、「きみの10年は充実していたか」と伯爵は問います。

 「はい。終わりはずたずたでしたが」と肩を落とす堀越。草原には、ゼロ戦の残骸があります。日本の敗戦直後、堀越が見た夢なのです。

 そこで、カプローニ伯爵はうなずくようにこういうのです。

 「国を滅ぼしたんだからなあ」と。

 私はここで「えっ?」と思いました。ごく、ささいなところです。しかし、ここでひっかかった方はほかにもいらっしゃるのではありませんか。

 だってこれでは、堀越二郎とゼロ戦が国を滅ぼしたみたいです。おかしくないですか。

 無謀な戦争を始めた政治家や軍部が国を滅ぼしたといわれるのならばわかる。作戦や用兵を誤った参謀や司令官も、国を滅ぼしたといわれてもしかたないでしょう。あるいは、期待されたエンジニアが鋭意開発した新兵器が役立たずで、敗戦の原因となったのなら、一応わかります。

 しかし、堀越二郎が開発したゼロ戦は、日本の誇る優秀な戦闘機でしょう。ゼロ戦が国を滅ぼしたとはどうしても思えません。優秀な戦闘機が開発されたから、軍部は自己過信して、開戦へ突き進んでしまったという理屈もあるかもしれませんが、ちょっと詭弁が過ぎますよね。

 ここは、「国が滅んでしまったのだからな」と、自分が関わらないところで負けた戦争へ加担してしまった堀越二郎へ理解を示すのが筋ではないでしょうか。

なぜ“爆撃機”は堀越二郎の天敵なのか?

 今回の私のお話は、このカプローニ発言をあっと驚く方向から新解釈して、堀越二郎がなぜ「国を滅ぼしたんだからな」といわれなくてはならなかったのかを説明しようとするものです。無論、これこそが宮崎駿監督の真意だなどと主張するつもりはございません。完全に珍説奇説与太話の類であるのは承知のうえ。

 しかし、奇説という補助線から見えてくるものも意外とあるかもしれないとかすかな希望を抱いて、お話ししてみたく存じます。さて、この『風立ちぬ』というお話ですが、私は、「戦闘機」と「爆撃機」の対立を大きな軸とする物語として観ました。

 順を追ってご説明しますね。

 開幕直後、まだ小学校高学年らしい堀越少年は、日本の田園地帯の実家でお昼寝をし、夢を見ます。夢のなかで少年は、鳥みたいな架空の手製一人乗り飛行機を駆って、生まれ育った村の上空を自在に飛び回ります。宮崎監督お得意の飛翔感、浮遊観そしてスピード感……。

 しかしそのうち、上空を覆う雲のさらに上へ、巨大な飛行船が姿を現します。監督の絵コンテにはツェッペリンとコメントがありますが、夢ですから、不気味なひれみたいなものをいっぱい生やした気持ち悪い飛行体です。しかも、飛行船の下には、無数の爆弾、目や口をつけた生きた虫みたいな爆弾が、つりさげられたような感じで一緒に飛行しています。少年の鳥形飛行機は、たちまちその一つとぶつかり、こなごなに壊れて墜落してゆきます。

『風立ちぬ』 より。夢の中でカプローニ(左)と出会う堀越二郎少年 拡大『風立ちぬ』より 。夢の中でカプローニ(左)と出会う堀越二郎少年
 堀越二郎が作中で見る次の夢で、カプローニ伯爵が初めて出てきます。学校の先生から借りた航空関係の洋書で、伯爵について知った直後の夢なのです。

 伯爵は彼自ら開発した飛行機の大編隊が、地平線の彼方へ飛んでゆくのを見送ります。そして、現れた日本の少年堀越二郎を認めると語り出します。

 「あの半分ももどって来まい。敵の街を焼きにゆくのだ」と。

 大編隊は、カプローニ社が機を納めていたイタリア軍の爆撃機だったのです。よく見るとどの機も多くの爆弾を吊り下げている。

 これを聞いた堀越二郎少年は、カプローニ伯爵をリスペクトしながらも、愕然とした表情で編隊機を見上げるのです。

 どちらのエピソードでも、爆弾を擁した爆撃機の側には、堀越二郎はいないのです。

 堀越二郎とカプローニ伯爵が次に夢で会うのは、関東大震災直後の混乱のなか。そんな非常時でも、カプローニの写真を見つけただけで、二郎は飛行機の夢想のなかへ入ってしまえるのです。この夢では軍用機は出てきません。

 その次に、2人が会う夢を見るのは、ヨーロッパの夜汽車に乗っているときです。堀越二郎がドイツのユンカース社へ視察にいった帰路です。また現れた伯爵は、会社の工員の妻や娘たちを満載した大型機を飛ばしてご満悦です。軍へ納品するまえの爆撃機で遊んでいるらしい。巨大な飛行機の感想を聞かれた堀越二郎は、「壮大です」「ローマの建築物のようです」と返します。

 否定してはいない。感心してはいる。でも感動とか讃嘆ではないような演出を、このシーンでの堀越二郎の表情を観て感じました。皆さんはいかがでしたか。

 「壮大」「ローマ」。深読みするならば、なるほど大したものですが、大味ですねえというニュアンスが漂ってませんかね。そのほうが日本人らしい感想でしょう。

 このとき、カプローニ伯爵は、飛行機は殺戮と破壊の道具ともなる呪われた運命にあると、堀越二郎に覚悟を促すようにいいます。そして、空を飛ぶ夢をピラミッドに喩え、ピラミッドのある世界とない世界と「君はどちらを選ぶね」と二郎に迫るのです。自らは、「それでも私はピラミッドのある世界を選んだ」と語りつつ。

 堀越二郎はこの問いへ正面から答えません。「ぼくは美しい飛行機を作りたいと思っています」とだけ答えるのです。

 これは意味深ですね。飛行機のある世界とない世界だったら、ある世界を当然、二郎は選ぶ。ここまでは伯爵と一致するでしょう。でも、ピラミッドの喩えはどこか承服できなかった。二郎が創造してみたい飛行機は、サバの骨の曲線美で喩えられるがごとき代物だからです。

 ピラミッドやローマの建築と通じるような飛行機は、堀越二郎の趣味ではないのです。この相違は、当時の情勢のなかで、単なる趣味の問題では済まなくなってゆきました。

 カプローニ伯爵とピラミッド談義をする夢を見るまえ、堀越二郎はドイツでユンカース社の飛行機工場を見学しています。当時最大の旅客機で輸送機のG-38のライセンスを買って、爆撃機に改造しようとする日本軍部の思惑の一環でした。二郎は、それこそピラミッドかローマ建築のようなG-38の威容に圧倒されながら、「翼に展望室がある。爆撃機にするのは惜しいよ」と呟く。そして、G-38より、小型機F13を見つけて、本当はこっちの方が関心があるとばかりに駆け寄るのです。

 ユンカース社見学のとき、堀越二郎は本庄季郎とともに行動しています。この映画では、堀越の最大の親友でライバルとして登場する本庄も実在の人物です。

『風立ちぬ』 拡大『風立ちぬ』
 一式陸攻というゼロ戦とならぶ名機を設計したエンジニア。この一式陸攻、戦闘機ではなく爆撃機でした。映画では、一式陸攻のまえに本庄が設計した九試中攻、九六陸攻がちょこっと出てきます。ほんの一瞬ですが、チャイナ都市爆撃の場面も見える。

 ゼロ戦という戦闘機の設計で知られる堀越二郎と、一式陸攻という爆撃機の本庄季郎。

 物語のお話をしているのに、いきなり史実を持ちこむのは反則ですが、宮崎駿監督が半藤一利さんとの対談で語ったところによると、親友としたのはフィクションで、現実には二人の仲は悪かったそうです。戦闘機と爆撃機、水が合わないのでしょうか。

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