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「東京オリンピック招致」は、国際原子力ロビーにとっての進軍ラッパだ

福嶋聡 ジュンク堂書店難波店店長

 読書にも、「時」がある。読む「時」に応じて本はさまざまな相貌を示し、さまざまな意味を読む者に与える。

 9月8日、日本中が2020年の東京オリンピック招致の決定に沸き立っていた「時」、ぼくは、山口泉著『避難ママ――沖縄に放射能を逃れて』(オーロラ自由アトリエ)を読んでいた。今年3月の刊行時から気になっていた、旧知の作家の手になるこの本を、半年後のちょうどその「時」に読んでいたのは、ただの偶然であったのか、それとも何かに導かれてのことだったのか……。

 『避難ママ』は、福島第一原発事故による放射能を逃れて、首都圏から沖縄に避難した6人のママたちのインタビューを記録した本である。

 事故後かなり早い時期に、沖縄への「原発事故避難」者数は、1万人から2万人と推計されたという。恐らくその人たちの多くがそうであったように、この本に登場する6人も、家族と離れ離れになりながらも、沖縄に渡って来た。

 「事故のせいで、家族がバラバラにされた」と号泣する夫を残してきた人、既に成人した娘に移住を拒まれた人、残った両親が応援してくれている人、事故と移住の間に出産した人……、状況はさまざまだが、彼女らに共通しているのは、子どもの、そして自らの命を、何よりも大切にしていることだ。

 「自分の命、自分の人生が、他の人の手に握られているのは耐えられない。……それが他の人間、ましてや、やつら(笑)に左右されるっていうのは」

 それを、「わがまま」と呼ぶ人もいるだろう。自分たちだけが避難できれば、自分たちだけが助かればそれでいいのか、と。「避難ママ」の一人は、息子から「なんで僕だけ移住するの? みんな一緒に行かないと」と問い詰められている。

 だが、一人の「避難ママ」は、「みんなが自分のことだけを考えれば、結局、みんなが救われる」と言い切り、彼女らの言葉を書きとめた山口泉も、“「避難」は最も真っ当な選択なのであり、そしてとりわけ”一億総被曝ファシズム”の、他の大勢と違うことをするくらいなら、いっそ死んだ方がまし……という相互監視・相互規制の無理心中的な「同調圧力」に満ちたこの日本社会では、自ら「避難」を選び取ることは、最高度の勇気を必要とする闘いにほかならない“と応じる。

 別れに際して号泣した夫も、やがて「人間、一生に一回や二回は、こういう風に本気で戦わなければならないときがある」と励ましてくれるようになったという。

 彼女たちが共通して言挙げし、苛立っているのは、「そうこうするうちに、まわりがいつのまにか、すっかり『普通』になってしま」い、「みんな『何にもなかったように』している現状」である。

 事故直後に出産した都心の有名大学病院でさえ、原発や放射能の話は、まったく話題にならず、避難先の沖縄の人たちも汚染された食材が入ってきていることに関心を持たない。建物の上部がパックリと口を開けたままの、崩れ落ちそうな原子力発電所が福島にあって、今まだ放射能を吐き続けているというのに。

 そして、いつのまにかすっかり「普通」になってしまった東京に、「何もなかったように」世界中からアスリートと観客を呼び寄せようとしているのが、「2020年東京オリンピック招致」である。 ・・・ログインして読む
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筆者

福嶋聡

福嶋聡(ふくしま・あきら) ジュンク堂書店難波店店長

1959年生まれ。京都大学文学部哲学科卒。1982年、ジュンク堂書店入社。サンパル店(神戸)、京都店、仙台店、池袋本店などを経て、現在、難波店店長。著書に『希望の書店論』(人文書院)、『劇場としての書店』(新評論)など。

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