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1930~50年代の東宝映画20本が、東京・京橋でニュープリント上映!(上)――中川信夫『虞美人草』をめぐって

藤崎康 映画評論家、文芸評論家、慶応義塾大学、学習院大学講師

 2013年8月8日から空調工事のため休止していた東京・京橋の国立近代美術館フィルムセンター(FC)の上映が、10月31日より再開される。朗報である。しかも再開後の第1弾が、1930~50年代までの――つまり日本映画黄金期の――、東宝およびその前身であるPCL、JO時代の作品特集とあっては、思わず気持が前のめりになる――。

 今回ニュープリントで(!)上映される20本のうち、私が見ているのは半数ほどにすぎないが、本欄では私の見た作品中でとくに感嘆した数本を取り上げたい。

 まずは名匠・中川信夫の傑作『虞美人草』(1941、東宝東京、今回上映:11月8日、11月14日)。

 一般には、新東宝末期に撮った『東海道四谷怪談』(1959)などの怪談映画の名手として知られる中川信夫は、すでに30年代から、コメディ、青春映画、ホームドラマ、時代劇、「文芸映画」など、さまざまなジャンルの映画を数多く手がけていた(生年1905、没年1984。監督作品数は97本だが、プリントが現存しているのは、残念ながらその半分ほど)。

 さて中川信夫の演出手腕は、手堅い職人芸などというレベルをはるかに超えた、まぎれもなく第一級の映画作家のものだ。もっといえば、中川信夫は、ハワード・ホークスやマキノ雅弘同様、テーマやメッセージではなく、<演出>にこそ自らの作家性を賭けた監督だったのだ。

 中川初の「文芸映画」、夏目漱石原作の『虞美人草』においても、彼は原作をみごとに“裏切り”、文学臭をいっさい消し去った傑作映画に仕上げた。

 周知のように漱石の原作は、人物関係も複雑に入り組んでいて、個人的な好みを別にするなら、漱石の美文調の艶麗(えんれい)な文体による作品世界は、それはそれで瞠目(どうもく)すべきだとは思うが、映画化にはまったく不向きである。中川信夫がそれを知らなかったはずはない。じじつ中川は、原作の複雑な人物関係や少々冗長な物語を思いきり刈り込み、単純化して――つまり原作をダシに使って――、88分のフィルムにまとめ上げたのだ。

 もっとも映画『虞美人草』は、原作にのっとって、明治を舞台に6人の主要人物が登場し、ドラマを紡いでゆく(繰り返せば、映画では原作の物語は改変されているのではなく、大幅に簡略化されているのだ)。

 中心となるのは、ヒロインの藤尾(霧立のぼる)。傲慢で虚栄心が強く、才気走った美人で、男には思わせぶりな媚態や、つんと取り澄ましたような表情を見せる、一種のファム・ファタール(悪女)だ。そして、大学卒業時に明治天皇から恩寵の銀時計を贈られたほどの秀才・小野(北沢彪)は、恩師・井上(勝見庸太郎)の娘・小夜子(花井蘭子)と婚約を交わしていたが、藤尾に心惹かれる(藤尾も、社会的な地位の高いインテリの小野を憎からず思っている)。

 いっぽう、京都から東京に出てきた小野の婚約者・小夜子は、古風で控えめな女性だったが、せんじつめれば、映画『虞美人草』のドラマは、博士論文執筆には意欲的な小野が、二人の対照的な女を前にすると「決められない」優柔不断ぶりをグズグズと示す、いくぶん滑稽にも思われる<未決状態=サスペンス>を軸に展開される(小野は終盤で藤尾を捨て、「真面目に」小夜子を選び、自尊心を傷つけられた藤尾は自殺する)。むろん、こうした展開は、原作を換骨奪胎したというより、前述のように原作の要所を<かいつまんで>脚色したものだ。

 さらに原作どおり、小野をめぐる藤尾、小夜子の三角関係めいたドラマに介入し、ドラマそのものを方向づける人物として、藤尾の腹違いの兄で、哲学者然とした甲野(高田稔)と、その友人で外交官志望の宗近(むねちか:江川宇礼雄)が登場する。それにしても、宗近が終盤で、藤尾のもとに走ろうとする小野に、「真面目になれ、誠実になれ、人生に対して真剣勝負せよ」などと、道学者ふうの説教を垂れて改心させるくだりは、原作で読むとわざとらしくて鼻白んでしまう。なにしろ、宗近自身が外交官試験に落ちた「遊民」で、毎日ブラブラしているだけなのだ。

 けれども中川信夫の映画では、宗近の説得力のない人生訓的な説教も、面白いメロドラマの要素になってしまう。それはやはり、宗近/江川宇礼雄に短いセリフしか言わせず、小野/北沢彪もあっけなく改心してしまう、という中川信夫の簡潔な演出によるものだろう(中川演出の簡潔さ、テンポの良さは、心理や感情の表出を極力抑えた役者の演技が、スムーズな画面の流れと相乗されて生まれる)。

 また映画では、副筋として、宗近が暗黙の了解のうちに藤尾と婚約状態にあること、宗近の妹・糸子(花柳小菊)が甲野に想いを寄せていること、甲野の継母・豊乃(伊藤智子)が、実子である藤尾に財産を相続させようとすること、などなどが、これまた原作の挿話を巧みに簡略化して取り込まれている。

 では、映画『虞美人草』において、中川信夫はどのようにカメラで物語を描いてゆくのか――。

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筆者

藤崎康

藤崎康(ふじさき・こう) 映画評論家、文芸評論家、慶応義塾大学、学習院大学講師

東京都生まれ。映画評論家、文芸評論家。1983年、慶応義塾大学フランス文学科大学院博士課程修了。著書に『戦争の映画史――恐怖と快楽のフィルム学』(朝日選書)など。現在『クロード・シャブロル論』(仮題)を準備中。熱狂的なスロージョガ―、かつ草テニスプレーヤー。わが人生のべスト3(順不同)は邦画が、山中貞雄『丹下左膳余話 百万両の壺』、江崎実生『逢いたくて逢いたくて』、黒沢清『叫』、洋画がジョン・フォード『長い灰色の線』、クロード・シャブロル『野獣死すべし』、シルベスター・スタローン『ランボー 最後の戦場』(いずれも順不同)

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