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「ごちそうさん」ヒロイン・杏ちゃんの受難

矢部万紀子 コラムニスト

 毎朝、「ごちそうさん」を見ている。ゆずの「雨のち晴レルヤ」という主題歌がとてもよい。歌詞が画面に出なくても、言葉がはっきりわかるのは、作詞作曲がよく出来ていて、二人の歌がとても上手だということだろう。

 「突然、偶然、それとも必然。始まりは気づかぬうちに」で始まるその歌は、予報通りにいかないときは笑おうとか、傘はなくたって歌おうとか、涙の川だって海へたどりつくとか、そんなフレーズの後、こう終わる。「誰の心も、雨のち、晴れるやーー」

 最近の歌は音程をやっと把握したって歌詞がついていけないじゃないかーな52歳女子(私っす)は、今度カラオケに行ったら「雨のち晴レルヤ」歌っちゃお、懐メロ脱却だーなどと心に決め、その日を思って小さく微笑む。だが、次の瞬間、杏ちゃんの受難を思い、小さく暗くなる。

 「ごちそうさん」のいちばんの褒めどころはこの歌で、これからのストーリー展開もどうせこの歌詞通りだろうな。雨のち晴れ。以上終わり。ああ、これじゃあ杏ちゃん、かわいそうに、と。

 スタートの翌週、「突然、偶然」杏ちゃん演じる大正時代の女学生(め以子)がのちの夫となる帝大生と出会い、それが「必然」だったかどうかはさておき、恋の「始まりは気づかぬうちに」だったのが、徐々に自覚にいたり、3週目の最終日に杏ちゃんからプロポーズするまでコマを進めた、と。プロポーズの瞬間、「お断りします」と言われ、4週につながるのだが、その週のうちに翻り、相思相愛になったところから、いろいろある、と新聞の「今週のごちそうさん予告」の欄に書いてあった。

 あとは遠くないタイミングで主人公夫妻が大阪に行き、「NHK大阪制作」らしくなって、いろいろあるうちに年が変わり、2014年にも予報通りにいかないときもあったり、傘がなかったりもするし、涙の川とかもあるだろうけど、3月になって「雨のち、晴れるやーー」で最終回、と。

 つまり、これからも予想の範囲だろうなー、見ないうちからわかっちゃうよなーと思えてしまうのだ。期待されず、ただ習慣的に見られる日々。これを「杏ちゃんの受難」と言わずして、何と言ったらいいのだろう。

「ごちそうさん」のヒロインとして発表されたときの杏ちゃん=2012年、11月12日、大阪市中央区拡大「ごちそうさん」のヒロインとして発表されたときの杏ちゃん=2012年、11月12日、大阪市中央区
 「杏ちゃんの受難その1」は、間違いなく「あまちゃんの次、能年玲奈ちゃんの次」だということだろう。朝日新聞の報道によると、NHK大阪放送局が「『ごちそうさん』のヒロインに杏さんを起用する」と発表したのは2012年の11月12日。

 そのときは「あまちゃん」の影も形も(当事者以外は)なかったわけで、こんなことになろうとは杏ちゃんも思ってもいなかったはずだ。それはあまりにもお気の毒だとしか申しあげようがない。だけど、それだけじゃないところが、本当に受難だなあ、と思う。

 だって見ていないみなさん、たとえばヒロインからプロポーズするに至るという重要な場面が、こんななんですよ。

 (1)本当は好きな人がいるけど、お見合いに行く (2)でも炊き上がったご飯が出され、本当に好きな人のためにご飯を炊きたいと思う (3)ごめんなさいと言って、お見合いの席を立つ (4)好きな人がボートを漕いでいる川に行き、追いかけて走る (5)足を滑らせ、振袖のまま川に落ちる (6)彼がボートから川に飛び込んで、助けてくれる

 笑うしかない。キャーとか言いながら杏ちゃんが滑るその場面を見て、そう思った。あまりにもベタ。おっちょこちょいだけど、思い込んだら突っ走る主人公。その象徴として、走る、滑る。あーー。

 それだけならまだしも、「その落ちた川がとんでもなく深い」という衝撃のおまけまで付いて来てしまったのだ。そう、杏ちゃんが落ちた川はまるで、海女のアキちゃんだったら「採ったー」ってウニを手に上がってくるほどの深さなのだ。そこを帝大生くんがかっこよくもぐって救ってくれる。えーー、川辺を走って足滑らせて落ちたらいきなり、海ほど深い川って……。

 杏ちゃんはインタビューで、「め以子はこの後、普通のおばちゃんになる」と語っていた。それはぜんぜんかまわない。彼女からのプロポーズの言葉は「食べさせますから、私を食べさせて」というもので、「家事力」と「財力」を交換しようというものだった。この点についての深入りは、この際しないでおこう。テーマが「食」ということだから、ま、いいか、と。TPPな昨今、減反政策だってやめようという時代、そっちを優先させるのもひとつの判断だろう、と。

 だけど、それにつけても ・・・ログインして読む
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筆者

矢部万紀子

矢部万紀子(やべ・まきこ) コラムニスト

1961年生まれ。83年、朝日新聞社に入社。宇都宮支局、学芸部を経て、週刊誌「アエラ」の創刊メンバーに。その後、経済部、「週刊朝日」などで記者をし、「週刊朝日」副編集長、「アエラ」編集長代理、書籍編集部長などをつとめる。「週刊朝日」時代に担当したコラムが松本人志著『遺書』『松本』となり、ミリオンセラーになる。2011年4月、いきいき株式会社(現「株式会社ハルメク」)に入社、同年6月から2017年7月まで、50代からの女性のための月刊生活情報誌「いきいき」(現「ハルメク」)編集長をつとめた後、退社、フリーランスに。著書に『美智子さまという奇跡』(幻冬舎新書)、『朝ドラには働く女子の本音が詰まってる』(ちくま新書)。

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