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松本人志さんの『R100』を見て、オールドファンからのお願いです

矢部万紀子 コラムニスト

 松本人志さんから「天才」をはずしてあげられないだろうか。

 松本監督の第4弾『R100』を見に行ってから、すごく思っているのはそのことだ。

 あまり客足が伸びていない、はっきり書くなら不入りである、というのは報道などで知っていた。私が行った銀座の映画館も、その例にもれなかった。 

松本人志監督拡大松本人志監督
 私は彼の大ファンだ。そしてその延長線で、「WEBRONZA」でのプロフィールにも書いているように『遺書』にかかわった。

 デビューからあまりたっていない松本さんをテレビで初めて見た瞬間、「なんて寂しそうで頭のよさそうな人なんだろう。好き」と思って以来、今も大好き。というスタンスからの『R100』論である。

 評論家や一般の書き込みなどで酷評されているのは知ってから見に行った。

 だけど、私には松本さんらしさの詰まった面白い映画だった。優しくて、予定調和を嫌い、笑わせることが得意で、ストイックで……。松本人志がコントを作ると「ごっつええ感じ」や「VISUALBUM」になる。映画を撮ると『R100』になる。あえて言うなら、それだけのことだと思う。

 携帯電話もスイカもない時代、難病でいわゆる「植物人間」という状態の妻を持つ男(大森南朋)が秘密のSMクラブに入会する。「日常に突然、女王様が飛び込んできて、いたぶられる」というクラブだ。

 そんな設定で映画は進むのだが、その中で「この映画を撮っているのは100歳の監督で、その意図がわからず関係者が困りきっている」というストーリーも流れ、二重構造になっている。というのが、あらすじ。

 私がいちばん好きだったのは、主人公がクラブから呼び出され、夜のボーリング場でひとり女王様を待っているシーン。ボーリングを楽しむ人々はどんどん入れ替わり、やがて大きなボーリング場の照明が落とされる。会社帰り、かばんを抱え、待てども待てども女王様は来ない。しかたなくボーリング場を出た主人公は、公園の黄色い公衆電話からSMクラブに電話をする。

 電話に出るのは、支配人(松尾スズキ)。「ご心配なく、いつでも女王様はあなたの近くで、あなたを見守っています」と答える。黄色い受話器を置く主人公。すると次の瞬間、黒い網タイツ、ボンデージスタイルの女王様が走っている姿が遠くに小さく映る。まるで、夜の公園を普通にジョギングする人みたいに。

 主人公の寂しさが大森南朋の表情だけでなく、ボーリング場のたたずまい、公園の照明、電話ボックス……すべてに滲んでいる。その向こうをジョギングする女王様。遠くて小さくしか映っていないけど、たぶん寺島しのぶ。大まじめに走っている姿がおかしい。寂しさと隣り合わせの笑い。これぞ松本人志、と思った。

 時々、登場人物が「今、揺れてない?」と言う。劇中劇の「100歳の映画監督に手を焼く関係者たち」にあえて「あれ、なんか意味あるの?」と言わせている台詞だ。

 遠い昔、月に一度、松本さんに会い、インタビューをしていたことがある。『松本人志 愛』という本にまとめたものだが、映画についても聞いた。そこで松本さんは「好きな映画」として『死んでもいい』(石井隆監督)をあげていた。

 どこが好きかというと、と言って松本さんが語ったのがラスト近くのシーンだった。永瀬正敏がホテルの風呂場で、浮気相手の大竹しのぶの夫を殺す。そこに地震が起きる。ガタガタ揺れて、なぜここで地震なのか、結末に関係するのかと思うが、最後まで何も関係しないと説明したあと、松本さんはこう言った。「もし、その監督が、『こんな時にけっこう地震くるで』と思ったとしたら、その監督、大好きやなと思ったんですよ」。

 この松本さんとの会話は、繰り返される「今、揺れてない?」を見つつ思い出したわけで、だから私の深読みはこうだ。 ・・・ログインして読む
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筆者

矢部万紀子

矢部万紀子(やべ・まきこ) コラムニスト

1961年生まれ。83年、朝日新聞社に入社。宇都宮支局、学芸部を経て、週刊誌「アエラ」の創刊メンバーに。その後、経済部、「週刊朝日」などで記者をし、「週刊朝日」副編集長、「アエラ」編集長代理、書籍編集部長などをつとめる。「週刊朝日」時代に担当したコラムが松本人志著『遺書』『松本』となり、ミリオンセラーになる。2011年4月、いきいき株式会社(現「株式会社ハルメク」)に入社、同年6月から2017年7月まで、50代からの女性のための月刊生活情報誌「いきいき」(現「ハルメク」)編集長をつとめた後、退社、フリーランスに。著書に『美智子さまという奇跡』(幻冬舎新書)、『朝ドラには働く女子の本音が詰まってる』(ちくま新書)。

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