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「まとめ人」規制はソーシャルメディアの否定か ――連続討議「ソーシャルメディア社会における情報流通と制度設計」から(12)

情報ネットワーク法学会

 ソーシャルメディア上では最近、個人の「まとめ人」による情報の転載や改変、個人情報の公開などによる数々の問題点が浮き彫りになっている。まとめ人を何らかの形で規制する必要はあるのか。規制は可能なのか。討議メンバーは「まとめ人規制は、ソーシャルメディア全体の否定につながる」、「自由に情報発信する権利には、責任が伴うべきだ」と賛否が分かれた。(構成:新志有裕)

削除を恐れない「まとめ人」

<藤代>これまでの議論は、ソーシャルメディア上を飛び交う情報の「受け手」の話が中心でしたが、ここからは「伝え手」の話に移ります。個人の情報が、「まとめ人」による恣意的な「まとめ」にさらされている問題に対抗するコストは非常に高いと言えます。企業や団体ではなく、個人が巻き込まれた場合はどうすればいいのでしょうか。例えば、非公開グループで掲載した議論や、個人の情報がネット上にずっと残ってしまうケースを想定してみます。規範が破られ、非公開の個人情報をさらしあげるようなことをされてしまった場合、どのような手順を踏めばいいのでしょうか。

<伊藤>例えば、まとめ人やキュレーターの規範を作るか、プラットフォーマーがルール作りをして、機動的に削除を実施していくことが考えられます。また、第三者的な監視の仕組みもあると思います。

<亀松>まとめ人に規範を守ることを要求するのは難しいかもしれないですね。マスコミがミスしないよう努力しているのは、信頼を失うと倒産の危険がある商売だからです。ソーシャルメディアを利用する人々のほとんどは、別にそれでビジネスをしているわけではないので、アカウントを削除されても大して痛くないと思います。

<藤代>一般ユーザーは別ですが、まとめ人がまとめサービスを運営している会社の社員だったり、記者経験を持っていたりする場合は、分けて考えるべきだと思います。

<亀松>現状では、既存のマスメディアではなくプラットフォーマーがグリップを握っていて、かつ、収益をあげているわけですから、そこが対処するべきではないでしょうか。彼らも自分たちの対応不足による批判はできるだけ避けたいでしょう。

<生貝>デマの流布を見れば分かるように、ネットは間違った情報がなかなか淘汰されません。ホームズ判事(19~20世紀の米連邦最高裁判事)の言う「思想の自由市場」が前提としていたアナログ社会の情報環境と違い、基本的には一度アップされたら残り続けるものです。そういう環境ではおそらく、今までの言論の自由とその他の人権のバランスを再考する必要が生じてくるのでしょう。

<藤代>伊藤さんの発表にもあったように、訴訟ではないパターンでの異議申し立てを可能にするシステムに関してはどうでしょうか。

<生貝>第三者機関等の裁判外紛争処理を活用して、裁判に関わるコストを下げることはありえます。問題はサーバーを管理している会社に、現実問題として削除要請できるか、そして対応してもらえるかどうかです。ロシアの事業者にロシア語で削除要請できるのか。あるいは今後は、サーバーが宇宙空間にあるということすら考えなければいけません。

 もう一つの対抗策は、他国にサーバーがある場合、自国のISP等に対象URLへのアクセスをはじくように命令を行う方法で、実際に英国をはじめ世界的にそのような対応が拡大してきています。今はDPI(Deep Packet Inspection)技術等を利用して比較的容易にそうしたことが行えます。

<藤代>大企業や資本をもつ人向けの議論に傾いていますが、ソーシャルの時代は誰もが情報を発信できる結果、個人が個人に対して言論テロ行為を行えるわけです。技術レベルが高ければ世界中、そして宇宙にでもサーバーが置ける時代に、複数国のサーバーを使い、ひたすら個人を中傷するような攻撃が可能です。各国に被害を申請して止めてもらうのは並大抵のスキルではできません。しかも、リアルに中傷ビラを配る人がいたとして、その人がおかしい、止めなければ、というコンテクストは共有されやすいと思いますが、ネットでは難しい。

<生貝>コストなどの面で、情報差し止めの実現が難しいのは確かです。一方で、簡単に発言が消せる社会を目指そうと言い出すのであれば、私はここで誹謗中傷者を擁護し始めなければならなくなります。

<山口>問題はコストの壁にどう対処するかです。誹謗中傷などにさらされた人の人権を守るのは大事ですが、一方で表現の自由も重要な価値です。何がいい言論で何が悪い言論かの基準がはっきりしない以上、技術的あるいは制度的な手段で完璧な結果を得るのはきわめて難しいでしょう。つまり、技術的あるいは制度的な対応だけでは難しい部分については、人や社会自体が変わらなければならないと思います。

 その意味で、「ソーシャルメディア時代の3つの社会人基礎力」というのを考えてみました。「スルー力」、「みつを力」、「だから何?力」です。

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