歌に書き込まれた「宿命」
ミチは、デビュー曲の「ひとりぼっちで想うこと」を映画『悪名波止場』(森一生監督、大映、1963)の中で歌っている。今東光原作の「悪名」シリーズは、勝新太郎の「八尾の朝吉」と、田宮二郎演じるインテリヤクザの清次が、義に欠ける悪党たちと戦う初期の任侠映画である。『悪名波止場』は7作目の作品だ。
巻頭、瀬戸内海を航行する連絡船に朝吉と清次、着物姿のお照(藤原礼子)が乗っている。船中で丁半賭博をやっている三郎(藤田まこと)のイカサマを暴露すると、病んだ妹のためだと泣きつかれる。同情する朝吉。清次がいつものクセが出たとボヤいていると、組織の金を横領した三郎を追う地元ヤクザ(鬼瓦組)が因縁をつけにやってくる……。
主人公たちが下船した港町のクラブでミチが歌っている。赤いノースリーブのシャツと白いパンツ。足元もローヒールの白い靴だ。店内には、セーラー服姿の米軍水兵が数人いて、近隣に基地のあることが示されている。
クラブの真っ赤な壁を背景に、マイクなしで歌うミチは年齢不詳というしかない。撮影時で14歳であったはずだが、歌声も身体も少女のそれをすっかり抜け出している。歌詞の語る物語は10代にふさわしく、他愛ないが、伝わってくる情感はずっと深く、重い。
夜の渚すてき
星を浮かべ砕ける
波にうつす姿
ひとりぼっち淋しく
思い切り叫びたい
あの人が好きだって
いいじゃない いいじゃない
わたしだけ ひとりなの
「夜の渚すてき」から始まる4フレーズは、この歌が浜辺の恋に象徴される青春歌であることを知らせている。それでも作詞家は、少女が「ひとりぼっち淋しく」しかも「思い切り叫びたい」事情を背負っていることを伝えずにはいられなかった。
さらに、二度繰り返される「いいじゃない」は、ミチの後の生き方をみごとに先取りしている。歌手も薄々それに感づいていた。だから、「いいじゃない」は、自分に言い聞かせているようにも、他者に哀訴しているようにも聞こえる。夜の渚にたたずむ少女の歌から、人生の不可抗力に対する怖れと諦めがこぼれだしているのである。
青山ミチは、彼女にかかわる人々を、その「在り方」に引っ張りこむ力を持っていた。後で述べる「失踪事件」に際して、ポリドールの担当者は、「ミチの顔見ると泥沼に引きずりこまれちゃうんです」と語った。
これは率直な証言だが、彼女のパワーは、スケジュールを混乱に陥れるといった実務面に留まらなかった。彼女の表現活動にかかわる人々は、半ば無意識のうちに、彼女の「在り方」に巻き込まれ、その「在り方」自体を作品の中に描き込みたくなってしまうのだった。
『悪名波止場』は、『若い樹々』(1963)、『下町の太陽』(1963)に続いて、ミチの出演した3作目の映画である。最初の作品では、ジャズ喫茶の歌手「野添ミチ」という役名も台詞もあったが、後の2作では、匿名の歌手としての出番しかない。にもかかわらず、『悪名波止場』では、なぜかミチの「在り方」と映画が奇妙に重なりあっている。基地のある町のクラブという設定からしてそうだ。店内の赤い壁は、おそらく進駐軍の兵士を相手とする店を象徴するインテリアである。
また、映画の後半、米系少女マリ(ジニー・マリッチ)が、一種の狂言回しを務めるところも興味深い。
マリは、滝瑛子が演じる訳ありげな女、悦子が生んだ子である。清次(田宮)が、この少女を殺害された三郎の妹「おとし」の娘に急遽仕立て、鬼瓦組の荷揚げ会社に見舞金の掛け合いに出向く。マリは、関西弁を喋るヘンな碧眼金髪娘で客の笑いを誘いつつ、役目を無事果たす。
ただ、この三文芝居が成功するのは、会社側が、清次のインチキを見抜きながら、金の決着を望むからだ。しかも、その支払いは「国際児」に対する贖罪行為のようにも見える。弁の立つ清次が、嬉々として交渉に臨むのは、この心理的効果を知っているからである。ちなみに清次は進駐軍で働いた経験を持ち、映画の中でも若干の英語を操る。
さらにある種の予告のように、映画は、死んだおとしを麻薬中毒者として描いた。鬼瓦組の闇の商売には、香港を仕入先とするドラッグビジネスも含まれていて、おとしはその犠牲者だった。船中で三下の三郎(藤田)がほのめかした妹の「病」とは、このことだったのだ。
監督の森一生や脚本の依田義賢が、何を考えていたのか今はもうわからない。シナリオはできていて、その一場面に合う歌手役が求められたのかもしれないし、エコープロやポリドールがミチを売り込むにあたって、内容に何らかの関与をしたのかもしれない。詳細は分からない。ただ、結果として、映画はミチの在り方をまるでトレースするように、物語を展開していくのである。
基地文化や「国際児」は、ミチが否応なく抱えてきた烙印である。もちろん、麻薬については、ミチがこの方面で「事件」を起こすのは10年以上後だから、偶然の符合にすぎない。
しかし、彼女が芸能生活のごくはじめの頃から、常に直面せざるをえなかったのが、これらの「徴」だったことはまちがいない。人々は、まるでミチの「在り方」に強迫されるように、彼女の「徴」を描きこんでしまう。作詞家の水島哲が思わず「いいじゃない」と自責的な容赦を求めてしまったのも、作曲家の中島安敏が青春歌謡を書きながら、ブルース風の旋律を埋め込んでしまったのも、私は、彼らがミチに巻き込まれてしまったからだと思っている。(つづく)