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『鉄くず拾いの物語』のタノビッチ監督が憤激するクロアチア人の排外主義

木村元彦(ジャーナリスト)

 ボスニア紛争をモチーフにそこにある民族の対立構造、取り巻く国連・マスメディアの欺瞞を戯曲的な手法で強烈に皮肉り反戦映画として見事に描いた作品「ノー・マンズ・ランド」でアカデミーの外国語映画賞を受賞したダニス・タノビッチ監督は部類のサッカー好きで知られる。昨年、母国ボスニア・ヘルツェゴビナが建国後、初のW杯出場を決めた。悲願達成にさぞや喜んでいるだろうと思っていたら、怒っていた。

 「確かにボスニアの躍進は素晴らしかった。今回の予選を勝ち抜く上で奔走したオシム(元日本代表監督、帰国後にボスニアサッカー協会の正常化に貢献)とスシッチ(ボスニア代表監督)の功績は大きい」

 それでも、と続けて言うのだ。「シムニッチは何てことをしでかしたんだ。彼だけではない、もっと愚かだったのはクロアチアのサポーターだ」

ダニス・タノビッチ監督。貧困と差別を描いた『鉄くず拾いの物語』がベルリン映画祭で三冠を受賞した。旧ユーゴスラビアのノスタルジーに触れると「スイッチ」が入る=2013年12月2日、東京国際フォーラム、福田優美撮影

 かつて共にユーゴスラビアを構成していた隣国クロアチアのことを憤っていたのだ。プレーオフでアイスランドを3対0で下し、ブラジル大会への切符を手に入れたこのチームはその勝利した試合後に大きな事件を起こしていた。DFのヨッシプ・シムニッチがスタジアムにおけるマイクパフォーマンスで「ザ・ドム」(祖国のために)と叫び、約3000人のサポーターたちがそれに「スプレムニ」(準備せよ)と和したのだ。

 これは第二次大戦中ナチスドイツと同盟を結び大量虐殺を行なったファシスト政党ウスタシャのスローガンで「この言葉の元にユダヤ人が絶滅させられた(作家ミレンコ・イェルゴビッチ)」とも言われている。ナチスにおける「ジーク」「ハイル」にあたるこの「愛国」コールとレスポンスはシムニッチとサポーターによって都合4回行なわれた。

 この事態を重く見たFIFA(国際サッカー連盟)の規律委員会から「一部の人々の尊厳を傷つけた差別的行為」としてシムニッチはW杯開幕からの10試合の出場停止処分と罰金3万スイスフランの処分を課せられた。例えEUに加盟しても相変わらずの不況から抜け出せないバルカン半島では、過去に否定されていたファシストを「強いリーダー」として英雄視する動きに拍車がかかっている。偏狭なナショナリズムと歴史修正主義が闊歩していて、

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