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必見! ナチ残党狩りを描くオーソン・ウェルズの『謎のストレンジャー』(下) ――ヒッチコック映画との共通点、巨匠ジョン・フォードの影響など

藤崎康 映画評論家、文芸評論家、慶応義塾大学、学習院大学講師

 今回は、本稿(上)(中)で触れられなかった『謎のストレンジャー』の演出上のいくつかの特徴、とりわけヒッチコック映画と本作の共通点、巨匠ジョン・フォードとウェルズの影響関係を中心に、箇条書きで述べてみたい。

*『謎のストレンジャー』におけるキンドラの転落死は、『キング・コング』(1933、アーネスト・B・シュードザック)のエンパイア・ステート・ビルの屋上からの墜落や、ヒッチコック作品における登場人物の高所からの転落、すなわち『逃走迷路』(1942)における自由の女神像の展望台からのノーマン・ロイドの転落、『北北西に進路を取れ』(1959)におけるマーティン・ランドーのラシュモア山頂からの転落、『めまい』(1958、文字どおり「高所恐怖症」の映画)のキム・ノヴァクの教会堂からの転落などを連想させる。

 じっさい、極端なバロック的空間造形という点を除けば、前述の謎解き的要素の希薄さだけでなく、明暗法への偏愛、ヤマ場での<高所>からの人物の転落などの点で、『謎のストレンジャー』にはヒッチコック映画との注目すべき共通点がある。

 ちなみにヒッチコックも、古典的演出をベースにしつつも、それから逸脱するさまざまな手法を実験的に多用した監督だ。たとえば、ほとんど無編集の長回し(『ロープ』<1948>)や、いま触れたハイコントラストな明暗法、あるいはケレン味たっぷりの俯瞰や仰角のカメラ・アングル――名高い<階段>のシーンにおけるような――の活用、などなどである。

 そういえば『謎のストレンジャー』には、キンドラがメアリーを殺そうとして教会堂のハシゴの踏み段に細工するところがある。ヒッチコックの『疑惑の影』(1943)で、殺人鬼ジョゼフ・コットンが姪のテレサ・ライト殺害のために彼女の家の裏階段に細工を施す場面をほうふつとさせる細部だ(ウェルズとジョゼフ・コットンは、ウェルズが率いていたマーキュリー劇団時代以来の盟友)。

*夫の正体を知ったメアリー/ロレッタ・ヤングが、その残酷な事実をただちには受け入れられないまま走りだしたり、胸をかきむしるような仕草でネックレスをひきちぎると真珠が床に飛び散ったりする瞬間の演出にも、うならされる。

 人物のナマの感情が表出するところを顔の大芝居ではなく、アクション/身振りで表したり、飛び散る真珠で間接的に表すのは、まさしく<古典映画>ならではの、昨今の映画からは失われつつある高度な演出だ。

 なおロレッタ・ヤングは、越路吹雪をさらに美形にしたような、面長で目鼻立ちのはっきりした古典的な美人女優である(1947年に『ミネソタの娘』<H・C・ポッター>でアカデミー主演女優賞を受賞。一時クラーク・ゲーブルと不倫関係にあり、極秘に一子をもうけた)。

*ふたたび繰り返すが、『謎のストレンジャー』は、ウェルズにしては例外的に「芸術的な自己主張」を抑えた、娯楽性全開の映画だ。つまり、スケジュールどおり、予算の枠内できっちりと撮り上げた――RKOの製作者サム・スピーゲルの意向によって15分カットされはしたが――映画だったが、にもかかわらず、興行成績は伸びなかった。

 なんとも皮肉な(呪われた?)結果だが、いつの時代にも観客の動向は読みにくいものである(ウェルズのような“規格外”のモンスターにとって、その“暴走”にブレーキをかける編集者的存在が必要なのか否かも、じつに微妙な問題だ)。ともあれ、本作の興行的失敗も、ウェルズをふたたび、採算を無視して自らの<作家性>を突出させる路線に引き戻した一因かもしれない。

*『謎のストレンジャー』では、高校の生徒らが森の中を紙くずをまき散らしながら走って追いかけっこをする、いわゆるペーパー・チェイス(ちり紙競走)が巧みに描かれる。ペーパー・チェイスは、 ・・・ログインして読む
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筆者

藤崎康

藤崎康(ふじさき・こう) 映画評論家、文芸評論家、慶応義塾大学、学習院大学講師

東京都生まれ。映画評論家、文芸評論家。1983年、慶応義塾大学フランス文学科大学院博士課程修了。著書に『戦争の映画史――恐怖と快楽のフィルム学』(朝日選書)など。現在『クロード・シャブロル論』(仮題)を準備中。熱狂的なスロージョガ―、かつ草テニスプレーヤー。わが人生のべスト3(順不同)は邦画が、山中貞雄『丹下左膳余話 百万両の壺』、江崎実生『逢いたくて逢いたくて』、黒沢清『叫』、洋画がジョン・フォード『長い灰色の線』、クロード・シャブロル『野獣死すべし』、シルベスター・スタローン『ランボー 最後の戦場』(いずれも順不同)

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