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エコ・テロリズムと民間スパイ会社を描いた異色作、『ザ・イースト』

藤崎康 映画評論家、文芸評論家、慶応義塾大学、学習院大学講師

 インテリ女優ブリット・マーリングが主演、製作、脚本を手がけた“社会派サスペンス映画”、『ザ・イースト』は、エコ・テロリズムと民間スパイ会社を正面切って描いている点で、とても興味深い(監督ザル・バトマングリ)。

 エコ・テロリズムとは、「シー・シェパード」や「革命細胞/動物解放団(RCALB)」などによる、環境保護や動物愛護の立場からなされる破壊活動である。

 前者は、捕鯨船に艇で体当たりする直接行動で有名だが、後者は、インフルエンザのワクチン製造のさいチンパンジーで生体実験を行なった製薬会社を爆破したこともある、過激な集団だ(RCALBは動物実験だけでなく、サーカスにも反対する国際的ネットワーク)。

 劇映画『ザ・イースト』に登場する“イースト”は、それら過激な環境保護グループをモデルにしたテロ組織である。そして、その組織に潜入する女性調査員を主人公にした娯楽サスペンスである点が、本作を説教臭いメッセージ映画から遠ざけている(しかしそれゆえ本作も、本欄で何度か述べた、現実の災厄(さいやく)をネタにする商業映画に付きまとう“危うさ”をはらんでいるが、この点には後段で少しだけ触れるにとどめたい)。

――元FBIエージェントのサラ(ブリット・マーリング)が潜入したのは、健康被害や環境汚染の元凶とされる“悪徳企業”を標的にし、確信犯的な信念のもと、過激な抗議行動を行なうイースト。後述するように、サラにイーストへの潜入捜査を依頼したのが、国家の諜報機関ではなく民間調査会社である点もポイントだが、ともあれ、われわれはサラの目を通して、イーストの過激な思想や、60年代のヒッピー&ニューエイジ文化がルーツだと思われる、カルト教団めいた奇妙なライフ・スタイルを覗き見するように眺めてゆく(拘束服を着たメンバー全員がテーブルを囲む異様な食事の場面など)。

 しかしやがて、利潤追求を至上命令とする大企業のもたらす環境破壊や健康被害の実態を知ったサラは、カリスマ性をもつリーダーのベンジー(アレキサンダー・スカルスガルド)に心惹かれつつ、イーストの思想に共感めいた思いを抱くようになり、自らの使命感も揺れ動きはじめる(サラの心はまさに、“宙吊り=サスペンス”状態になるのだ)。

 すなわち、サラにとっても観客にとっても、善悪の境界線は曖昧になり、勧善懲悪という図式は失われてゆく。いいかえれば、サラの動揺にともない、観客自身も善悪、敵味方を判別する(サラという)<定点>を失うのであり、それが作り手の狙いどおりサスペンスを生んでいる。

 ところで、サラが潜入を依頼された民間調査会社(「ヒラー・ブルード」)――端的に言って民間スパイ会社――が、イーストや彼らが標的にする大企業顔負けの、悪辣(あくらつ)と言っていいほどの冷徹さを見る者に印象づける。

 たとえば、ある製薬会社がイーストのテロの標的になったことを、サラがヒラー・ブルードの上司に知らせると、上司は彼女に、その製薬会社は我が社のクライアント(顧客)ではないから「放っておけ」と言う(!)。ブラック・コメディすれすれの、しかし今日の社会ではいかにも起こりそうな場面ではないか(そして終盤、イーストが企てるのは、なんとヒラー・ブルードの調査員のデータを盗み出すことだが、いきおい、サラは究極の決断を迫られることになる……)。

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筆者

藤崎康

藤崎康(ふじさき・こう) 映画評論家、文芸評論家、慶応義塾大学、学習院大学講師

東京都生まれ。映画評論家、文芸評論家。1983年、慶応義塾大学フランス文学科大学院博士課程修了。著書に『戦争の映画史――恐怖と快楽のフィルム学』(朝日選書)など。現在『クロード・シャブロル論』(仮題)を準備中。熱狂的なスロージョガ―、かつ草テニスプレーヤー。わが人生のべスト3(順不同)は邦画が、山中貞雄『丹下左膳余話 百万両の壺』、江崎実生『逢いたくて逢いたくて』、黒沢清『叫』、洋画がジョン・フォード『長い灰色の線』、クロード・シャブロル『野獣死すべし』、シルベスター・スタローン『ランボー 最後の戦場』(いずれも順不同)

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