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「時代錯誤」の作曲家・佐村河内守――ハンディキャップ・クラシックと「感動の美談」

中川右介 編集者、作家

 早くも今年のクラシック音楽界最大の事件となりそうな、佐村河内守事件について2月10日現在までの報道で得た情報をもとにした、私なりのまとめである。

 私は「クラシックジャーナル」という専門誌を作っているし、それよりも何よりも、クラシック音楽のファンだ。しかし、自分で演奏するわけでもないし、作曲もしないというか、できない。そういう立場で、以下は書かれる。

 「HIROSHIMA」はCDが2011年7月に日本コロムビアから発売された。日本人作曲家のクラシックの新作がCDになること自体は珍しいことではないが、大規模なオーケストラ曲の新曲は珍しく、コロムビアもかなり宣伝に力を入れていた。しかし、私は買わなかった。

東京芸術劇場で=2010年4月、伊ケ崎忍撮影拡大東京芸術劇場で=2010年4月、伊ケ崎忍撮影
 いまになってこんなことを書くと、後出しジャンケンで勝ったと言っているみたいだが、我ながらいいカンをしていたもので、最初から、この「HIROSHIMA」と佐村河内守という人に対して、冷淡だった。

 それは胡散臭いと思ったからではない。「感動の美談」が嫌いなのだ。そのことで損をすることも多いのだが、今回はそれが幸いしたというだけにすぎない。オリンピックをはじめとする本当の美談の数々にも、私はどうも感動できない。

 そうは言っても、クラシック音楽を聴くことが仕事でもあるので、2011年暮れに、1年間を総括する座談会をやることになった際に「HIROSHIMA」をCDで聴いた。

 その座談会での私の発言は、「クラシックジャーナル」045号(2011年12月)に載っている。同席者の「とんでもない曲です」「これはすごいなと思います」「後期ロマン派のいろんな作曲家のエッセンスみたいなものが、ごちゃまぜになったみたいな」という発言を受けて、

 「たしかに、ドビュッシーだったり、ショスタコーヴィチだったり、マーラーもあるか――いろいろでしたね。とても、いまの曲とは思えない」と言った。

 そして、

 「コロムビアさんが、かなり力を入れて作り、販売も熱心でしたから、(年間売上の)トップ10にも入り喜んでいるでしょう」と、セールスについての感想だけを述べた。曲の評価をしなかったのは、いま思えば、無意識の防御本能からである。

 というのも、私はこの発言にもある「いろんな作曲家の要素がある」「いまの曲とは思えない」を否定的に考え、本当は「なんで、こんな曲をいまさら作って、売るのか」と否定的だった。

 しかし、当時すでに佐村河内守はクラシック音楽界の久しぶりの期待の星で、何よりも障害者だったので、「批判してはいけない」という空気になっていた。私にもそれくらいの空気は読めるので、この程度の発言に留めておいたのだ。

 同じ号では、コロムビアで、「HIROSHIMA」のプロデューサーでもある岡野博行氏にもインタビューした。聞き手として、

 「『HIROSHIMA』は当然、原爆、核を意識せざるをえない作品ですが、原発事故で改めて核、原子力を考えざるをえなくなった年に出たのは、もちろん、偶然なのでしょうが、なにか大きなものの意思も感じますね。CDにすることは、震災前から決まっていた話ですね」

 と質問している。

 岡野氏の答えは、「そうです。去年(2010)から始まっていた企画です」というものだった。

 私は数年前から『現代用語の基礎知識』(自由国民社)の「音楽」の項目を担当しているのだが、2013年暮れに出て現在発売中の「2014年版」には、まず、トピックとしてこう書いた。

●クラシック音楽界に、久々に大ヒット曲が生まれた。前年のこの欄には「クラシックは新しい作品が話題になることはほとんどないジャンルだ」と書いたが、今年は新作が話題になったのである。日本人作曲家・佐村河内守作曲の交響曲第一番『HIROSHIMA』で、CDとしては2011年の震災後直後にリリースされ、じわじわと売れていたが、2013年になってブレイクし、クラシックとしては異例の17万枚を超えるベストセラーとなっている(6月現在)。佐村河内は13年には新曲としてピアノ・ソナタ第2番を完成、発表した。『HIROSHIMA』はベートーヴェンやマーラーを思わせる時代錯誤な交響曲なのだが、それが逆に新鮮なものとして受け止められ、支持されている。いわば、「現代音楽」への異議申立てである。

 そして、「注目語」として「佐村河内守」という項目を立てて、こう書いた。

●佐村河内守 クラシック作曲家(1963~) 広島に生まれた。両親とも被爆者。4歳から母親にピアノを教えられ、10歳でベートーヴェンやバッハを弾いたと伝えられる。子供の頃から作曲家を志望し、独学で学んだ。17歳で原因不明の聴覚障害を発症。ロック歌手として活躍した時期もあり、また、映画音楽やゲーム音楽も手がけ、ゲームソフト『鬼武者』(1999)の音楽では注目された。だが、この時点で完全に聴覚を失う。ベートーヴェンの時代のような交響曲の作曲家になろうと決意しなおし、2003年に交響曲第一番『HIROSHIMA』を完成させた。「ブルックナー、マーラー、ショスタコーヴィチなど、ロマン派シンフォニストの系譜を受け継ぐ長大なシンフォニー」で、「被爆二世である佐村河内の出自が反映された自伝的作品」と、CDの宣伝コピーに書かれている。ロマン派の作風であることは確かだが、模倣にすぎず、21世紀のいま、こういう曲が書かれる意味はないとの批判もある。だが、こうした批判も想定した上での、確信犯的・戦略的な時代錯誤とも受け取れる。NHKが放送してからは、「時の人」となり、CDとコンサートでは、あざといまでの販売プロモーションが展開されている。本当の真価が問われるのはブームが終わってからだ。

 まさか、こういうかたちで「真価が問われる」とは思っていなかった。

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筆者

中川右介

中川右介(なかがわ・ゆうすけ) 編集者、作家

1960年、東京都生まれ。早稲田大学第二文学部卒業。2014年まで出版社「アルファベータ」代表取締役として、専門誌「クラシックジャーナル」、音楽書、人文書を編集・発行。そのかたわら、クラシック音楽、歌舞伎、映画、歌謡曲などについて、膨大な資料から埋もれていた史実を掘り起こし、歴史に新しい光を当てる独自のスタイルで執筆。著書は『カラヤンとフルトヴェングラー』『十一代目團十郎と六代目歌右衛門――悲劇の「神」と孤高の「女帝」』『月9――101のラブストーリー』(いずれも幻冬舎新書)、『山口百恵――赤と青とイミテイション・ゴールドと』『松田聖子と中森明菜――一九八〇年代の革命』(ともに朝日文庫)、『戦争交響楽――音楽家たちの第二次世界大戦』『SMAPと平成』(ともに朝日新書)、『歌舞伎 家と血と藝』(講談社現代新書)、『角川映画 1976-1986(増補版) 』(角川文庫)、『怖いクラシック』(NHK出版新書)など50点を超える。

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