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佐村河内守さん事件、最初は笑ったが、だんだん胸が痛くなり……

青木るえか エッセイスト

 偽ベートーベン問題。耳が聞こえないというフレコミだったからベートーベンと称され、偉人の威を借りてたわけなんだけど、ベートーベンというところに滑稽さが漂う。コントのような。昭和40年代の日本では、「ぶさいくで長髪の男」をベートーベン呼ばわりしていた。うちの近所だけの話かもしれないが。

 音楽室の肖像画からしてベートーベンには滑稽な感じがあり、また「ベン」は便に通じるし、交響曲第五番『運命』も、名曲であるがコントにもよく使われる。耳が聞こえなくなるなんて音楽家として悲劇もいいところなのに、あまり同情されてない感はあった。

 なので、「現代のベートーベン」「偽ベートーベン問題」とかいうと、つい笑ってしまう。また、佐村河内さんがベートーベンにまつわるイメージにぴったりのルックス。「現代のベートーベン」から「偽ベートーベン」へ転落した男、というストーリーでマンガ描くとして、あの顔の男以外にありえない。

 笑える事件である。人が死んだとか殺したとかいう話ではないので、気楽な事件として、面白がってしまえる。私が第一報を聞いたのは、NHKの朝7時のニュース、トップで報じられてるのを見たとたん、「最近のめずらしい、いいニュースだ」と思いました。わはははは、NHK、騙されてやんの、と。

 でも、笑ったあと、胸が痛む。

 iPS細胞の森口さんとか、遺跡のゴッドハンド氏とか、他人事ではない事件として胸が痛む者として、佐村河内さんの事件も、まさに自分の事件である。まるで自分がやらかしたかのようだ。

佐村河内守さんが代理人を通じてファクスした謝罪文の一部拡大佐村河内守さんが代理人を通じてファクスした謝罪文の一部
 佐村河内さん、まずパソコンで音楽つくってて、そこからゲーム音楽を依頼され、オーケストレーションを新垣さんに頼んだ、というのが最初のキッカケらしい。それ、すごいよくわかる。

 私もパソコン買って、DTPソフト買って入れて、ミニコミ誌みたいなものをつくってた時期があるのだが、コピー印刷にかけてホチキスで綴じる程度のものとしては相当にかっこいいものが(ソフトのおかげで)つくれたが、それ見て「デザインごと記事つくってくれ」と商業誌に頼まれたことがある。

 「ついに世界が私の才能に気づいた!」ってなもんで、すっかり喜んで、当然引き受ける。

 しかし商業誌とコピー印刷のミニコミは明らかに違うことにやってるうちに気づき、ふつうはヤル前に気づけよ、と思うけれど自分を恃(たの)んでるもので気づかないんですよ。

 で、現実に直面して、はじめてまっさおになる。

 私の場合は、他に頼む人もなく、そのまま提出してボツになってすっかりしおれて終わった。この時、プロのDTP技術がある、仲のいい人が身近にいたら、「本文や見出しやキャプションはこうこうで、こんな写真をこんなふうに使って、だいたいのレイアウトこんな感じで、出来上がりの雰囲気はこの雑誌のこんなんで」って頼んで、「そうそうこれこれこれ! こういうのは私じゃないとつくれないよな~」などと満足し、それで出版社に出しちゃったかもしれないのである。

 で、ギャラは相手にいくらか渡して、いいねいいねこのユニット、でもアイディアは完全に私だし、クレジットは私でいいだろ、なんて悦に入る可能性は山ほどあった。

 その後、「稀代の書き手であり編集者でありレイアウター、平成の女花森安治」……では需要がなさそうだが、「浅田真央写真集のポエムおよびアートディレクション担当」なんかに選ばれたりしたら、いくら私が安藤美姫派だといっても引き受けてしまうに違いなく、バレた後に「真央ちゃんに泥を塗ったアイツは在日か!」とか言われたりするのである。

 心にやましいことがあるなら、ひっそりやってればいいじゃないか、と言われるかもしれないが、ひっそりやれるような人はそもそもゴースト使って名を出そうなんて思わない。名前がちょっとでも売れたりすると、心にやましいことがあるもんだから、かえって人間は居丈高になって、さらに自分をデカく見せようとしてしまうのだ。佐村河内さんが、冷静に考えたら笑うしかないような人生ドラマを、どんどん創ってしまった、その気持ちはたいへんよくわかる。

 しかし、そもそも、商業の世界が人に何か頼む時なんて、才能や芸術性なんか求めちゃいないんだよ。技術が欲しいんです技術が。それなのに、「自分の才能を、いや自分でも気づかなかったすごい才能を、見つけてもらった」と思ってしまう、というのが不幸の始まりだった。

 「自分が何者かである」という心は、ほとんど報われることはない、ということを、自分は何者かであるとつい思ってしまう自分としては、常に心しておかなくてはいけない。と、佐村河内さんや、森口さんやゴッドハンド氏などの出現のたびに胸に刻む。つい忘れてしまうが。

 この事件を知って、単純に佐村河内さんを指弾した多くの人に言いたい。 ・・・ログインして読む
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筆者

青木るえか

青木るえか(あおき・るえか) エッセイスト

1962年、東京生まれ東京育ち。エッセイスト。女子美術大学卒業。25歳から2年に1回引っ越しをする人生となる。現在は福岡在住。広島で出会ったホルモン天ぷらに耽溺中。とくに血肝のファン。著書に『定年がやってくる――妻の本音と夫の心得』(ちくま新書)、『主婦でスミマセン』(角川文庫)、『猫の品格』(文春新書)、『OSKを見にいけ!』(青弓社)など。

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