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ミュージカル『ラブ・ネバー・ダイ』――10年の歳月は人間を変える。変わらぬものは……

小山内伸 評論家・専修大学教授(現代演劇・現代文学)

 オペラ座の地下に棲む醜い怪人(ファントム)と美しい歌姫との悲恋をつづったミュージカル『オペラ座の怪人』の続編(完結編)『ラブ・ネバー・ダイ』が本邦初演された。2010年にロンドンで初演され、その後に改訂を加えたオーストラリア・メルボルン版(11年)に基づく翻訳上演だ。早速、初日に観劇した。

 『オペラ座の怪人』といえば、英国の作曲家アンドリュー・ロイド=ウェバーの音楽による歴史的なメガ・ヒット作。本家ロンドンでは1986年の初演以来、今なおロングランが続き、『レ・ミゼラブル』(85年初演)に次ぐ歴代ロングラン記録の2位を保持。『レ・ミゼラブル』がクローズしたニューヨーク・ブロードウェイでは最長ロングラン記録を更新中だ。世界27カ国で上演され、1億3千万人以上が観劇しているという。日本でも劇団四季が各地で上演している。

 その続編の日本初演とあって、ミュージカル・ファンの期待を集めた話題作だ。パリ・オペラ座の事件から10年後、舞台をアメリカのニューヨーク郊外にあるコニー・アイランドに移して、主要人物が運命の再会を果たし、愛と憎しみのドラマがふたたび繰り広げられる。

 1907年。ファントム(市村正親・鹿賀丈史のWキャスト。以下、表記の前者で観劇)はコニー・アイランドの遊園地で見世物小屋「ファンタズマ」を経営しているが、いったんは諦めたはずの歌姫クリスティーヌ(濱田めぐみ・平原綾香のWキャスト)が忘れられず、虚しい日々を送っていた。オペラ座の指導教師だったマダム・ジリー(鳳蘭・香寿たつきのWキャスト)とその娘でコーラスガールだったメグ・ジリー(彩吹真央・笹本玲奈のWキャスト)はファントムに同行して事業を助け、メグはショーの看板女優となっている。

 子爵ラウル(橘慶太・田代万里生のWキャスト)と結婚したクリスティーヌはパリでプリマドンナを務め、名声を博していた。しかしラウルはギャンブルで身を持ち崩し、アルコールに溺れている。多額の借金を返済するため、クリスティーヌはニューヨークのオペラハウスの招聘に応じ、10歳になる息子グスタフ(松井月杜・加藤清史郎・山田瑛瑠のトリプルキャスト)とラウルを伴って渡米してきた。

 だが、クリスティーヌを招いたのはファントムだった。死んだと思っていた相手との再会に驚くクリスティーヌに対して、彼は自作の譜面を渡し、一度だけでいいから自分の劇場で歌ってくれと懇願する。「歌わなければ、息子を殺す」と脅されたクリスティーヌは了解する……。

 ロイド=ウェバーの音楽は、『オペラ座の怪人』ほど名曲揃いではないが、妖しくも甘美で陶然とさせるメロディラインを持つ。この舞台の最大の魅力は、やはり音楽にあると言っていい。

 ファントムが胸の痛みを歌いあげる1曲目「君の歌をもう一度」は、『オペラ座の怪人』における代表曲「ミュージック・オブ・ザ・ナイト」に比肩するバラードで、クリスティーヌへの不変の思いを歌うと同時に、今この時が待ちに待った機会であることを印象づける。ロンドン・オリジナル版では1幕の途中で歌われたが、ドラマへの導入として冒頭に持ってきたのは正解だろう。

 クリスティーヌが息子グスタフに歌いかける「心で見つめて」が美しいナンバー。やがてグスタフはファントムの歪んだ素顔を見て怯えるが、その後のグスタフの認識を促す伏線となる曲だ。外見ではなく「心」が大切だと。

 ファントムとクリスティーヌがデュエットする「月のない夜」「遠いあの日に」は、惹かれ合いながら別れた過去を切なく喚起する。10年の歳月を埋めて、二人は再び、かつてのひび割れた愛情に向き合う。

 クリスティーヌ、メグ、ラウルらが再会を祝して歌う「懐かしい友よ」がメロディアスな多重唱。しかし、明るいこの曲の裏では、それぞれが不吉な予感をくすぶらせていることも匂わせている。優れた趣向だ。

クリスティーヌ(左、濱田めぐみ)とファントム(市村正親)=撮影・渡部孝弘拡大クリスティーヌ(左、濱田めぐみ)とファントム(市村正親)=撮影・渡部孝弘
 ファントムは、グスタフに音楽の才があることに瞠目する。「ファンタズマ」を案内されたグスタフが歌う「とってもきれい」は純朴なボーイ・ソプラノ曲。

 なお、このシーンを頂点とする、フリーク・ショー(奇態な見世物)の怪異で幻想的な美術・衣装(ガブリエラ・ティルゾーヴァ)が秀逸だ。ステージの額縁も、怪人のマスクをデフォルメした円形のデザインで、ファントムの歪んだ世界の掌中にあることを象徴する。

 第2幕では、「なぜ僕を愛する?」という歌で、ラウルがうらぶれた心境を独白する。音楽のわからない彼には、クリスティーヌの愛が重荷であり、現実逃避に走った背景を語っている。ラウルとファントムが対決するデュエット「負ければ地獄」は、のちに四重唱として反復され、終盤の切迫感を高める。

 市村のファントムは、愛に執着する姿に渋みと苦味が増した。濱田のクリスティーヌは歌が素晴らしい。これまで地声を張り上げて歌うことが多かったが、ファルセットでソプラノを見事に歌いこなしていた。

 とりわけ、終盤で披露される主題歌「ラブ・ネバー・ダイ」には鳥肌が立った。彩吹のメグは、劇中劇で水着を着替えてゆくナンバー「水着の美女」がチャーミングだ。息子役の松井が透明感のあるきれいな声を聴かせた。

 さて、大詰めにむけて各人の思惑が交錯し、やがて惨劇を招く。(以下、ネタバレを含みます。ご了承の上、お読みください)

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筆者

小山内伸

小山内伸(おさない・しん) 評論家・専修大学教授(現代演劇・現代文学)

1959年生まれ。慶応義塾大学文学部卒。ロンドン滞在を経て1989年、朝日新聞社入社。2013年に退社するまで、主に学芸部(現・文化くらし報道部)で文芸・演劇担当を務める。著書に『ミュージカル史』(中央公論新社)、『進化するミュージカル』(論創社)。日本演劇学会会員。

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