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高橋大輔君のドヤ顔と色気とその不在

矢部万紀子 コラムニスト

 高橋大輔君の出ない世界選手権が始まってしまう。寂しい。

 一方で心の平安を得たような気持ちでもある。

 もし、高橋君が出たのであれば、3月26日の開催を前に22日あたりから悩みこんでいたに違いない。放送をリアルで見るべきか、録画で見るべきか。それが問題だ。「ハムレットか!」な私になる。

 26日午後3時35分、「さいたまスーパーアリーナ」で男子シングルショートプログラムの本番が始まる。放送スタートは午後7時。「念のため録画をしておいて、リアルで見ればいいじゃないか」というのは、全然答えにならないのだ。なぜかというと、「どちらのほうが大輔君にとってためになるか?」という悩みだからだ。

 「おまえがどう見ようが、どっちもためにならない」という正論を前に、スポーツファンならおわかりいただけると思う。

 つまり、「応援したときに限って、負ける」という真実。タイガースファンの方など、わりとこの気持ち、共有していただけるのではないかしらなどと余計なことを書きつつ、「私がリアルで見ると、大輔君が転ぶ」度がけっこう高い気がしていて、たいていリアルで見るのは遠慮している。

 それでもこらえきれず、リアルでテレビの前に陣取り、大輔君の出番が来ると「がんばって!」と小さくつぶやき、手など組んで観戦するときもある。結果、3回転-3回転が3回転-2回転になったりする。「私のせいだ」と思ってつらい。

 なのでやはり、録画しておいて「結果を知ったうえで見る」ことが多い。それがパーフェクトな演技だった場合、「リアルで見ればよかったー」と後悔し、「じゃあ翌日のフリーはリアルで見よう」などと張り切ると、大輔君が今度は失敗してしまったりして、「きゃー、ごめんなさい、ごめんなさい」などと、いろいろ考えるのだ、ファンだから。

 今回はそれをしなくていいのだから、平安である。リアルか録画か、まあこちらの日程にあわせて決めて、余裕をもって羽生結弦君の「ブライアン・オーサー先生に教えてもらいましたが、こうすると色っぽいですよね」な滑りをサラッと拝見すればよいのである。

 と、ここでサラッと全国の結弦ファンを敵に回しましたが、大輔君ファンとしては声を大にして言いたい! 色っぽいの格が違~う、と。だから今回は、「パリの散歩道」が終わり、「青いね、ぜんぜん」とつぶやく。それで終わり。

 そんなこんなで、大輔君の不在をなぐさめるべく、「ナンバー」の特別号「ソチ冬季 五輪完全保存版 日本フィギュア黄金の瞬間。」などをしげしげと眺める。

 巻頭が羽生君なのはやむを得まい。「世界が見た羽生結弦」のページを読み進める。エフゲニー・プルシェンコがトップバッター。見出しは「今は私が彼のファンだ」。あ、そうですか。次がエバン・ライサチェク。「ユヅルから目が離せなくなった」。あ、そうですかpart2。この二人は、バンクーバーで銅メダルだった大輔君の隣に立ってた二人ね、と。

 そしてポール・ワイリー。誰だったかしらと思うと、アルベールビル五輪銀メダリストだそうな。ふーん。「すごい素質を持った選手だ」。そうですね、で終わろうとしたら、こんな記述に遭遇。

 ダイスケが「白鳥の湖」を滑って変身を遂げた年を覚えていますか? そのような変身を遂げたユヅルを見たいと思っています。ダイスケのようになれというのではなく、彼ならではの世界を見つけてほしい。

 えー、何、この素晴らしい記述。ブラボーー、ポール、最高!

2008年の世界選手権で拡大2008年の世界選手権で
 もちろん覚えている。2007年からのショートプログラム、白鳥の湖ヒップホップバージョンだ。

 あの頃、彼の色っぽさが際立ってきたのは誰もが認めるところと思う。ニコライ・モロゾフの振り付けで、大輔君、今よりロンゲ(って死語?)。髪の毛を振りながら細かくステップを刻む大輔君にうっとり。

 ユヅルの「色っぽく見えるよう振り付けてもらい、努力中」な演技とは違って、「あ、この人、色っぽい」と確信させられて、胸きゅん。そんな乙女心、わかっていただけて、うれしい。ありがとう、ワイリーさん。と、改めて御礼申し上げたりして。

 白鳥の湖以後の大輔君の歴史をたどるなら、モロゾフとお別れして、パスカーレ・カメレンゴを選び、あの名作「道」になり、バンクーバー五輪の銅メダルをとった。あのときの演技ははっきり覚えている。色っぽいの頂点だったと思う。

 とにかく、彼は「ドヤ顔」だった。バラエティー番組などで最近使われるこの言葉、あまり品がいいとは思わないけど、「ドヤ」とは「どうだ」だろう。自信に満ち溢れた顔。バラエティーでは、「勘違いの自信」による「ドヤ顔」を笑うという構図が多いように思うが、大輔君は違った。

 ステップを刻みながら、リンクのほうに近づいていき、止まってポーズを決めたときの表情が忘れられない。近づいた先に審査員席があった。そこで大輔君は、手を女性審査員に向かってふんわり出した。そのときの顔といったら……甘く、いたずらっぽく、挑発するようなあの表情は、「先生に教わった」のでは出せないもので、私は完全にしてやられたのだった。

 なんでしてやられたのだろう。色っぽいってなんだろう。そんなことを考えてみる。

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筆者

矢部万紀子

矢部万紀子(やべ・まきこ) コラムニスト

1961年生まれ。83年、朝日新聞社に入社。宇都宮支局、学芸部を経て、週刊誌「アエラ」の創刊メンバーに。その後、経済部、「週刊朝日」などで記者をし、「週刊朝日」副編集長、「アエラ」編集長代理、書籍編集部長などをつとめる。「週刊朝日」時代に担当したコラムが松本人志著『遺書』『松本』となり、ミリオンセラーになる。2011年4月、いきいき株式会社(現「株式会社ハルメク」)に入社、同年6月から2017年7月まで、50代からの女性のための月刊生活情報誌「いきいき」(現「ハルメク」)編集長をつとめた後、退社、フリーランスに。著書に『朝ドラには働く女子の本音が詰まってる』(ちくま新書)。

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