米アカデミー賞・長編アニメーション賞の統計から
2014年03月22日
2013年度の映画界を決算する米アカデミー賞の授賞式が終わった。宮崎駿監督の『風立ちぬ』などノミネートされていた日本作品は無冠に終わり、直前まで期待に沸いていた各メディアも授賞式後は意気消沈であった。しかし、まるで幸・不幸を占うくじ引きのように、受賞結果に一喜一憂するだけでは、賞の主旨や傾向を見失う。本稿では、歴代の長編アニメーション賞を俯瞰し、アメリカに於ける宮崎駿監督の位置を分析してみたい。
去る3月3日(現地時間2日)、第86回米アカデミー賞授賞式が開催された。
同賞長編アニメーション部門には、宮崎駿監督作品『風立ちぬ』がノミネートされていたが、受賞はならず。長編アニメーション賞にはディズニー製作『アナと雪の女王』が選ばれた。『アナと雪の女王』の製作総指揮を務めたのは、宮崎を師と仰ぐジョン・ラセターである。
元より『アナと雪の女王』は本命視されており、歌曲賞とのダブル受賞まで果たしている。日本の多くのメディアが「残念」と伝えていたが、客観的には順当な結果と言える。部門を問わず同賞に邦画がノミネートされることは稀であることから、過度の期待を背負う形になったと思われる。
式の直前には 「ノミネートされた5作品の中では、欧州の1本を除き(『風立ちぬ』が)最も遅い全米規模の公開」「アカデミー賞の審査員約6000人には字幕版DVDしか配られておらず、複雑な心理描写を字幕で理解してもらえたかは不透明」「配給は『アナ』と同じディズニー系列」(3月1日付「毎日新聞」)といった『風立ちぬ』の評価が正当に下されない可能性を示唆する向きも見られた。
式の直後にスタジオジブリで会見した宮崎は、「米国の友人たちが、ノミネートまで持っていってくれた。それで十分」「かつての交戦国の戦闘機をつくった男の映画を、米国の友人たちが作品として評価してくれた。友情や公正さを凄く感じました」「こういうことで悔しいとか、うれしいとか思うのは、やめるという気持ちになっていた」と淡々と語り、逆に「友人の作品が受賞し、とてもうれしい」とジョン・ラセターを讃えている(3月4日付「スポーツニッポン」)。
また、授賞式直後に現地で会見した鈴木敏夫プロデューサーによると、宮崎は「アメリカの賞なんだから、多分その作品(『アナと雪の女王』)が受賞するよ」と語っていたともいう(3月3日付「シネマトゥディ」)。
「アメリカの賞」という語句には深い意味合いを感じる。
アカデミー賞は、ロサンゼルスで1年以内に上映された作品を対象とし、在米映画関係者によって組織・選任された「映画芸術科学アカデミー」の36カ国6000名以上の会員による無記名投票によって決定されている(ちなみにジョン・ラセターも2007年に会員に選出されている)。よって、ロサンゼルスでの公開規模・認知度・評価などが審査に影響する。
前述の記事にあるように、授賞式直前の吹き替え版公開は、確かに不利であるが、同様の状況を覆した受賞例もないわけではない。理念に照らせば、賞は会員の総意であり、引いてはアメリカの民意に準じたものと言える。
つまり、受賞作は「その年にアメリカで最も愛された長編アニメーション」ということになる。そうであれば、歴代ノミネート作品、受賞作品を一覧すればアメリカ人の長編アニメーションの一般的な志向性が浮上して来る筈だ。そこから今一度、「なぜ日本のアニメーションはアメリカで受賞出来ないのか」を考えてみたい。
「表」は過去の長編アニメーション賞全13回の一覧である。
このデータからは、極端なまでに鮮明な特徴が見て取れる。
受賞作品の11/13、ノミネート作品の28/49が3D-CG作品だ。技法上のCGへの傾倒は圧倒的であり、その全作品がアメリカ製(合作含む)である。
しかも、CG受賞作品11作品中、7作品がピクサー製作。さらに、ラセター製作総指揮作品はノミネートは11作品(セル含む)、受賞は8作品。大変な占有率・勝率であり、ほぼ独占と言って良い。これは、ある意味で当然の結果である。
元来、アニメーションの長編は膨大な予算と労力を注ぎ込まねば完成しないため、アメリカ・ロシア・フランス・日本など一部の国で年に数本しか制作されて来なかった。
セルの普及、CG導入、デジタル化による行程合理化等によって、今や各国で生産されるインフラが整いつつあるものの、完成してもアメリカで公開ルートを築くのは極めて困難である。高額の資金に高技術で量産された自国の作品で充分に足りているからだ。わざわざ輸入して字幕付で上映しても、アメリカでは外国語映画を字幕で観る習慣がなく、集客は望めない。吹き替え版制作には更に資金が必要であり、リスクも大きい。よって、アメリカ映画以外の作品は初めから不利である。
長編アニメーション賞の設置は2001年。1995年にピクサー製作の世界初の3D-CG長編『トイ・ストーリー』が登場し、ジョン・ラセターは第68回アカデミー特別業績賞を受賞した。以降、ドリームワークス、20世紀フォックスなど数社がこれに追随し、一斉にCG長編が制作されるに至った。同時に、2Dセル・アニメーションの斜陽傾向が一気に加速し、ハンナ・バーベラ・プロダクションなど老舗スタジオは次々に閉鎖に追い込まれていった。
長編アニメーション賞の歴史は、そのままアメリカから2Dセルが消滅していった歴史でもある。「最後の砦」はディズニーであったが、2005年に2Dスタジオを閉鎖、その後復活を期した2D長編『プリンセスと魔法のキス』(2009年)『くまのプーさん』(2011年)が振るわず、2013年に2度目の撤退を表明している。つまり、アメリカ製2Dは支持を完全に失ったのである。
人形のストップ・モーションによる長編は、制作に時間と技術を要するため、世界規模でも本数は限られていた。しかし、近年はデジタル技術との融合も奏功し、アメリカでは数年おきに数作公開される安定的傾向が見られるようになっている。CGの洪水的本数には遠く及ばないが、佳作・労作が多いだけに賞に手が届かない現状は残念である。
一方、フランス(合作含む)のノミネート5作品は全て個性的な2Dセル。フランスを始め欧州各国でノミネート作品以外にも優れた長編は制作されているが、上映・公開に至らず賞の対象になっていない。
日本の3作品は全て宮崎駿監督作品。当然セル。日本のアニメーション生産量は世界一と思われるが、宮崎作品以外はノミネートすらされていない。
アメリカ製CG作品以外の受賞は、『千と千尋の神隠し』(第75回)と『ウォレスとグルミット 野菜畑で大ピンチ!』(第78回)のみで、まさに奇跡的快挙と言える。前者は言うまでもなく宮崎監督作品、後者はイギリスを代表するクレイ(粘土)・アニメーションの巨匠ニック・パークの監督作品である。ニックは過去にアカデミー短編アニメーション賞を3回も受賞しており、これが4回目の受賞。
日英の比類なき巨匠の長編だけが、アメリカ製CGの壁を突き破った特例というわけだ。ちなみに、宮崎はニックとも長年交友関係にある。
ただし、穿った見方をすれば、この2年にはピクサー長編が公開されておらず、王座空席の幸運な争いであったという側面もあったことを付記しておく。
このように、統計上はピクサーを筆頭とするCG作品の連戦連勝であり、2Dセルやストップ・モーションが受賞する確率は
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