2014年04月10日
1980年代の廃品物置き場に棄てられた1台の家具調テレビ。そこには、ゼンマイ式ぬいぐるみのネコ、穴あきバケツ、クッションのない子供用椅子、破れた3枚羽根の扇風機などが、各々慎ましく暮らしていた。「まだ現役で稼働出来る」と思い込むテレビは、いつも単独で別行動。廃品置き場からの脱出を試みるのだが……。
稲葉卓也監督のアニメーション映画『ゴールデンタイム』は、棄てられたものたちの交流を描いた22分50秒の名編だ。可愛らしく、楽しく、切ない。台詞はなく、アニメーションと音楽と効果音だけ。2013年に完成し、第17回文化庁メディア芸術祭アニメーション部門「優秀賞」、第17回ソウル国際カートゥーン&アニメーションフェスティバル「観客賞」「アジアの栄光賞」など数多くの賞を受賞、今年1月には劇場公開も果たした。
同社のアニメーション部門ROBOT CAGEからは、アカデミー賞短編アニメーション賞受賞作『つみきのいえ』(2008年 加藤久仁生監督)が生まれている。ROBOT CAGEには稲葉卓也、加藤久仁生、坂井治という3名の作家が所属し、三者三様の個性的な短編を作り続けている。
来る4月11日、絵本版『ゴールデンタイム さよならテレビくん』が白泉社から発売される。絵は稲葉監督の描き下ろし、構成・文は絵本作家の長谷川義史が担当し、映画とは一味違った世界が楽しめる。4月14日からは、出版を記念した個展「ボクの錬金時間(ゴールデンタイム)」も開催され、4月26日からの再上映も決定した。
稲葉監督に映画制作の裏側から絵本化と個展に至るまでを伺った。
――まず、映画『ゴールデンタイム』の制作に至った動機からお伺いしたいのですが。
企画に当たって、まず「これしかない」「これを作らなければ、この先はない」という内容になるよう、自分を追い詰めて、シナリオの執筆に1年をかけました。アニメーションにもう1年、計2年かかりました。
――「1週間で1本作る」と言われているテレビアニメ1話分とほぼ同じ長さに、2年もかけたわけですね。デザイン・演出・作画監督と、全てお一人で兼務されたわけですね。
稲葉 はじめは、全部一人でやっていたのですが、半年で3分しか完成しませんでした。オープロダクション(作画スタジオ)の皆さんに作画を手伝って頂いて、残り半年で20分作ったという感じです。従来の制作法のままやったんですが、それでもここまで沢山の人に助けてもらったのは初めてです。背景は自分で全部描いています。
――背景は約100枚だそうですね。動画はどのくらいでしたか。
稲葉 正確に数えていませんが、多分2万枚くらいじゃないかと。
稲葉 今のスタイルだと時間とお金がかかり過ぎて難しいですね。いつかはやってみたいですが。元々、大勢のスタッフを動かすような集団制作が苦手なので、無理じゃないかなあと思いつつも、いつか作れたらという気持ちも少しはあるというのが正直なところです。
――アニメーションの仕事は、長期間ひたすら机に座って描き続ける過酷なものですから、高い志を持ち続けることに大変な御苦労があったのでは。
稲葉 制作中は「何とかして面白くて説得力のある作品にしたい」と思い続けていました。恥ずかしい話ですが、「何が何でも完成させる」と紙に書いて貼ったりして(苦笑)。これが出来て、誰にも面白いと思ってもらえなかったら、「アニメーション作家」と名乗るのをやめて、オリジナル作品も作らず、商業監督に専念しようと考えていました。
――まさに背水の陣で制作されたんですね。
――家電や人形たちのような無機物を主人公としたアニメーションは、過去に欧米でよく見られたテーマですが、現在の日本ではほとんど見られません。あえて、地味な廃棄物たちをキャラクターに起用された理由は。
稲葉 シナリオも技法も過去にやり尽くされたものにしたかったんです。全部スタンダード、セオリー通りの中で、自分らしいものが表現出来た時、初めて胸をはって「作家」と言えるんじゃないかと考えたりもしまして。
――魔法で誰かが動かしているとか、夜だけ動くといった理屈がなく、使い込まれたものだから生きているんだという感じが、実に日本的だと感じました。
稲葉 長年愛されたものには命が宿り、生きもののように動くことが出来ると解釈しました。
――経年劣化で神様になる、『百鬼夜行絵巻』ですね。
稲葉 ええ、そうです。「付喪神(つくもがみ。元の表記は「九十九神」)」に通じる考えなので、そうした伝統に連なりたいという思いもありました。
登場キャラクターはみんな自力で動けるようにしたのですが、ネコのぬいぐるみだけゼンマイが切れると止まって動けなくなってしまうという設定にしています。あのぬいぐるみは、長く愛されずにあっという間に捨てられてしまったために、不自由なんだと考えています。
――ネコは廃観覧車でいつも本を読んでいる。読書家ですね。
稲葉 自分の何かを埋めたいと考えて、本に答えを求めているのかも知れませんね。
――キャラクターがどれも懐かしいデザインだと思いました。人間の子どもたちはヒラメ顔の赤ほっぺだし、テレビやネコはくっついた丸い眼で描かれてます。1960~70年代風ですね。
稲葉 自分が育った昭和の頃のデザインが好きなんです。童画家の谷内六郎さんの世界観に憧れています。だれもが知っている国民的な童画家でありながら、同時に先鋭的なシュールレアリズムを忍ばせてる。わかりやすいけれど実は深くて、でも、あくまでゆかいに描かれていて。
キャラクターは子供の頃から大好きだった藤子不二雄A先生の影響もあるかも知れません。「月星ビール」という看板は「トリスコンク」で有名な柳原良平さん風のキャラクターで、あえてリミテッド(枚数の少ない動画)にしたり。
キャラクターは様式的なんですが、一方で、鶏や蛙は生々しくリアルに描いています。そのさじ加減が難しかったですね。
――全編パントマイムで台詞がないことも大きな効果を上げています。かつて短編アニメーションには、そういう傑作がたくさんありました。全てキャラクター・アニメーションで勝負するというのは、「アニメーションのゴールデンタイム」の復権でもあると思いました。
稲葉 それは、とても嬉しい言葉です。実は、新藤兼人監督の台詞なしのモノクロ映画『裸の島』(1960年)が大好きで、強い影響を受けています。説得力のある動きを積み重ねて行けば、お客さんに「テレビや人形が実際に生きていたら、こんな感じに動くんじゃないか」と違和感なく実感してもらえると信じて描いていました。キャラクターが「生きもの」に感じられないと、彼らの切実さが伝わりませんので、そこはこだわりました。
――家具調テレビの歩きや走りは四足の動物そのもので、前足で穴を掘る動きが実に良かったです。ネコのぬいぐるみの後足で耳をかく仕草なども、可愛らしいだけでない説得力がありました。
稲葉 なるべく動物らしく描こうと思いました。テレビについては、
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