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おぼちゃんこと、小保方晴子さんの不憫ポイントをあげてみる

矢部万紀子 コラムニスト

 小保方晴子さんのことを心の中で「おぼちゃん」と読んでいる。「リケジョの星」だった時代に、「学生時代はそう呼ばれている」と報じられたのを見たのだったと思う。おぼちゃん、不憫である。

 一連のSTAP細胞問題で、考えるべきことはたくさんあったと思う。そのひとつは、掌を返したようなバッシングのされ方だろう。

 ひどいと思う。でも、そんなバッシングをする人は、いつでもどこにでもいるわけで、おぼちゃんは傷づいたかもしれないが、ぜんぜんドンマイだと言いたい。

会見会場に入る小保方晴子さん=2014年4月9
日拡大会見会場に入る小保方晴子さん=2014年4月9 日
  「可愛さを武器にした」と言う人がいる。長所を武器にして全然かまわないし、私の長い会社員生活による知見では、意図的に可愛さを武器にする女子は稀だ。むしろ男性が勝手に「武器にされている」ほうがずっと多い。

 この動詞、わかりますよね? 手ぶらで歩いてるのに、勝手に撃たれるのですよ、おっさんが。おぼちゃんも、たぶんそれだと思う。

 「謝罪会見なのにワンピースで巻き髪か」とか言ってる人もいるが、そんなの無視すればよい。何を着ようがどう整えようが、何か言われる。勝手にすればよいのだ。

 それより私が気になるのは、おぼちゃんの幼さだ。

 「STAP細胞は、」で一拍置いて、少し声を張り上げ、「あります」。あの声の何というか、子どもっぽさ。あの幼さは、どこから来て、何を意味するのか。

 おぼちゃん30歳。「常識を覆す」細胞を作った、または作りかけた、または作ろうとした、いずれにしろそういう知識と志と技術のある人なのに、まるでそのへんの新入社員みたいに感じられた。

 そんなこんなで、おぼちゃんだ。おぼちゃんの記者会見、緩すぎた。

 たとえばノート。「2冊しかない」と理化学研究所に糾弾されたのだ。「不服」とし、3冊以上あるなら、バシっと示すべきだ。STAP細胞があったことの決定的な証拠にならずとも、支える材料にはなる。なのに、おぼちゃんの説明は、「4、5冊はあります」。

 がーーん。だめだよ、おぼちゃん、4冊か5冊かはっきりさせなきゃ。ハーバードに置いてあっても、何としてでも取り寄せないと。

 嘘つきなどではなく、一生懸命な人なのだということはよくわかった。優秀で一生懸命な女子。そのうえ、常識ではありえない「STAP細胞」に挑んでいる。私は、人と違うことに着目する人が大好きだ。だからおぼちゃんが会社の後輩だったら、「ご飯食べようよ」とか誘うと思う。でも、「人と違う」ことを嫌う風潮ってのも、組織にあることを私はよーく知っている。

 会見でおぼちゃんは、自分を「未熟」「不勉強」と何度も言って、「若い頃からいろいろな研究室をわたり歩いてきて、自己流になってしまった」と説明していた。

 「人と違う」おぼちゃんのことを、理研に限らず「研究者業界」が組織にきちんと位置づけず、「変わり者枠」として扱ってきたのじゃないだろうか。そんな気がする。なんというか、将来、ジャイアンツの監督にしようと思って原辰徳を育てるのとは違う感じ。ドラフト6位でとりあえず採っておいて、ホームラン打ってくれたら本気だして使おうか、な感じ。「幹部候補」じゃ全然ないけど、化けてくれればめっけものだから、ま、採っとくかな位置づけ。

 それでおぼちゃん、結果として組織をわたり歩き、自己流にならざるをえなかったのじゃないかしら、と。ここが、不憫ポイントその1だ。

 だからこそ、「おぼちゃん、ノートははっきりさせなきゃ」と思う。「200回以上、作成に成功した」と言い切った。それならなんで、博士論文の画像、使っちゃうかなあ? その説明をしたほうが絶対よかったのにー。

 もちろん「ドラフト6位で、原辰徳じゃないからコピペしていい」とは言わない。それに研究者というのは、若い頃から「一国一城の主」を目指すべきものなのだろう。ジャイアンツや普通の会社の新人と違うのだから、「組織愛」である必要はないはずだ。理研の「ユニットリーダー」というおぼちゃんの肩書きは、「主」の免許皆伝を意味しているのだろう。

 ドメスティックな53歳なので横文字が苦手なのだが、理研の理事長でノーベル賞受賞者の野依良治さんは30歳のとき、名古屋大学理学部の「助教授」になっている。ついでに同じノーベル賞でも「日本に収まらない枠」な感じがする利根川進さんを調べてみたら、彼は32歳のときバーゼル免疫学研究所の「主任研究員」というのになっていた。

 後にノーベル賞をとるような人は、30歳頃には「主」になっていたわけで、おぼちゃんも30歳のユニットリーダーなのだから「自己流」じゃダメなのだ。

 「STAP細胞は、あります」なら、それをノートにきちんと書いて、ちゃんとした映像を貼って、第三者に説明できるようにしなきゃダメだった。

 それができてなかったのだから、「身から出た錆」ではある。彼女の「国」と「城」は、壊滅一歩手前。理研から「お取り潰し」に遭いそうなところで待ったをかけたが、彼女の甘さと幼さでままならない感じ、というのが実情だろう。

 ですが、ここで問題です。理研のみなさまは、彼女が甘いこと、幼いことに気づいてなかったのでしょうか?

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筆者

矢部万紀子

矢部万紀子(やべ・まきこ) コラムニスト

1961年生まれ。83年、朝日新聞社に入社。宇都宮支局、学芸部を経て、週刊誌「アエラ」の創刊メンバーに。その後、経済部、「週刊朝日」などで記者をし、「週刊朝日」副編集長、「アエラ」編集長代理、書籍編集部長などをつとめる。「週刊朝日」時代に担当したコラムが松本人志著『遺書』『松本』となり、ミリオンセラーになる。2011年4月、いきいき株式会社(現「株式会社ハルメク」)に入社、同年6月から2017年7月まで、50代からの女性のための月刊生活情報誌「いきいき」(現「ハルメク」)編集長をつとめた後、退社、フリーランスに。著書に『美智子さまという奇跡』(幻冬舎新書)、『朝ドラには働く女子の本音が詰まってる』(ちくま新書)。最新刊に『雅子さまの笑顔――生きづらさを超えて』(幻冬舎新書)

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