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 まだまだ続く『アナと雪の女王』の記録更新。

 日本公開36日目の4月18日に動員800万人、37日目の19日に興行収入100億円を突破。4月20日までの累計動員は867万9211名、興収107億2764万1000円に到達した(4月21日付「ORICON STYLE」)。

 全世界興行収入でも『ロード・オブ・ザ・リング/王の帰還』『トランスフォーマー/ダークサイド・ムーン』を抜き、第6位(11億2926万ドル)となった。当然アニメーション作品では歴代世界一である(4月23日付「BOX OFFICE MOJO」/前回の表参照)。今後も記録更新が続くと思われる。

 しかし、世界興収の上位作品の見せ場は軒並みCGIシーンであり、クレジットには多数のアニメーターが名を連ねている。どこまで役者が演じたのかも曖昧で、「実写」という技術的区分が正確かどうかも怪しい。「ほぼ実写」とか「8割実写」とでも言い換えるべきだが、それも興醒めであろう。その点、アニメーションは2Dであれ、3D-CGであれ、全カットが人工的創造物であるから分かりやすい。良かれ悪しかれ、全コマ、全カットにスタッフの意志が通っている。

 今回は作品の魅力の源泉の一つであるキャラクターの作画・デザインについて考察してみたい。

 人間を描く3D-CGアニメーションの作画には、主に生身の人間が演じた動きをモーションキャプチャ等でそのまま抽出・トレースする技法と、動きのキーとなるフレームをアニメーターが描いたり操作する「キーフレーム法」などがある。

 しかし、いずれもその造形や質感に過度の現実感を持ち込むと、ある水準から観客が強い違和感を感じるという現象がしばしば指摘されて来た。動きが滑らかすぎる、動作が機械的で生身の人間に見えない、緻密な質感が異常に感じる――といった感覚的拒否反応、いわゆる「不気味の谷現象」である。手描きの2Dセル・アニメーションや立体のストップ・モーションでは、このような現象は見られなかった。

 多くの3D-CG作品が、こうした違和感の発生しない、親近感のわくキャラクター造形と演技を目指して技術的試行錯誤を繰り返して来た。

 ピクサー作品が、ある時期まで玩具、昆虫、モンスター、魚などを主人公とし、人間をメインに描かなかったことは賢明な判断であった。ディズニーもCG長編は恐竜世界の『ダイナソー』(2000年)、鶏を主人公とした『チキン・リトル』(2005年)は興行的に成功したが、初めて人間を描いた『ルイスと未来泥棒』(2007年)は惨敗した。前回記した『塔の上のラプンツェル』(2010年)で2Dアニメーション作画の技術を融合して興行的に成功したことは、画期的成果であったと言える。

アナは上目遣い、エルサは伏目~視線で個性を創造する~

 『塔の上のラプンツェル』までのディズニー歴代ヒロインと比較して、アナとエルサの顔の造形と表情変化は特異である。「二人の個性的なプリンセスを描いた作品」と言葉で記すのは容易だが、元々困難な3D-CGによる人間のデザインと演技で、それを明示するのは容易くはない。

『アナと雪の女王』のアナ(右)と姉エルサ (c) 2014 Disney.All Rights Reserved拡大『アナと雪の女王』のアナ(右)と姉エルサ (c) 2014 Disney.All Rights Reserved
 アナとエルサの両眼はアーモンド型につり上がっていて、子猫のように大きい。ほんの少しバランスを欠いただけで寄眼や斜視に見えてしまう、何とも難しい配置と大きさだ。このため、目線の芝居がデリケートに設計されている。

 全編に亘りアナは上目遣い、エルサは伏目がちである。視線が上を向くと、積極的・楽観的・従順・無垢な印象を観客に与え、下を向くと、消極的・悲観的・反抗・屈折といった印象を与える。目線は性格設計の大きな要素の一つだ。

 ディズニー黄金期を支えたオールド・ナインのメンバーであるフランク・トーマスとオーリー・ジョンストンはこう記している。

 「ルネサンス初期の絵画では、中心人物はきまって上目遣いに描かれた。無垢や純粋さを表す伝統的表現だが、ここには現実の裏付けがあると思う。ディズニー・スタジオでも愛らしいキャラクターはよくこの姿態で描かれている。このほうが、すがりつくような感じ、幼い感じがよく出るからだ」

 「上目遣いに見上げるように描くと、訴える力が強くなる。なぜか、その無垢で小さなキャラクターへの愛情がかき立てられるのだ」

 「顔をしかめるときに上を向かせない。ただし、凶悪で傲慢な表情の場合は別」
(フランク・トーマス、オーリー・ジョンストン著『Disny Animation The Illusion of Life 生命を吹き込む魔法』)

 エルサが「Let It Go」を歌いながら氷の城を築く一連のシークエンスを例にとろう。

 山の遠景から雪原を歩くエルサにカメラが寄って行く長回しカット(何と56秒もある)による導入。眉間にハの字型に眉を寄せて、伏目がちに雪山を登りながら片方の手袋を見つめるエルサ。1点凝視なので寄目に説得力が生じる。手袋を空に放り、カメラは真上のアングルに。

 次のカットで掌から雪の結晶を生み出すが、目線はみるみる正面から上目遣いに変化。ケープを捨てるカットではチラと上目遣いでそれを追う。以降は顔を上げ、周囲を見回し、ずっと見開いた上目遣いに。みるみるうちに強く訴える力を有する「主人公の顔」になって行く。

 続く氷の橋を築きながら登るシーンは、遠近複数のアングルから切り取られた短いカットを積み重ね、歌の「サビ」と同期した高揚感を盛り立てる。嬉々として氷柱をせり上げ、天井から結晶のシャンデリアが舞い降りるカットも27秒の長回し。ティアラを捨てるカットで一瞬だけ伏目に戻る。これも1点凝視の寄眼。凝視の対象を近くに置くことで寄眼に整合性を持たせている。

 最後のカットのエルサは、上目でも伏目でもなく、真正面(観客)を見据えた自信に溢れた目線となって扉を閉じて去る。伏目から上目を経由して真正面で終わる。実に計算が行き届いた目線の演技と言える。

 この「Let It Go」のシークエンスは、3分45秒/33カット/1カット平均6.8秒。異常にカットが少なく、長回しが多い。同じ長さのミュージカル・シークエンス「生まれてはじめて」は、3分45秒/63カット/1カット平均3.5秒と、カット数が約2倍。ちなみに、『美女と野獣』(1991年)で主題歌をポット婦人が歌う舞踏シーンも、スローテンポで長回しの印象だが、2分36秒/29カット/1カット平均5.3秒であった。

 アニメーションで5秒を超えるカットは稀と言って良い。特にミュージカルは短いイメージショットを「これでもか」と積み重ねる傾向が主だが、このシークエンスには「あくまで演技の起点から終点までをきちんと見せたい」という強い意図を感じる。

アナとエルサの顔の特異性~巨眼・小鼻・卵形輪郭~ ・・・ログインして読む
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筆者

叶精二

叶精二(かのう・せいじ) 映像研究家、亜細亜大学・東京工学院講師

映像研究家。亜細亜大学・大正大学・東京工学院講師。高畑勲・宮崎駿作品研究所代表。著書に『日本のアニメーションを築いた人々』(若草書房)、『宮崎駿全書』(フィルムアート社)、「『アナと雪の女王』の光と影」(七つ森書館)、共著に『王と鳥 スタジオジブリの原点』(大月書店)など。

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