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成瀬巳喜男の傑作サイレント映画、『君と別れて』が東京・神保町で上映

藤崎康 映画評論家、文芸評論家、慶応義塾大学、学習院大学講師

 「ゴールデンウィーク特別興行」と銘打たれた貴重なサイレント映画特集が、東京の神保町シアターで開催される(「巨匠たちのサイレント映画時代IV」、4月26日~5月9日)。

 今回上映される11本のサイレントはすべて邦画だが、(1)松竹蒲田の三巨匠――モダニストたちの映画、(2)生誕110年 小杉勇、(3)「松竹キネマ研究所」の映画、(4)メロドラマ傑作選、という4つのパートに分かれている。

 (1) の3巨匠とは、欧米文化のアイテムを“最新流行”として作中に取り入れた、文字通りのモダニスト監督、すなわち牛原虚彦(うしはら・きよひこ)、島津保次郎、清水宏、(2)の小杉勇は、サイレント期からトーキー時代にかけて活躍した俳優・監督(彼の出演・監督したトーキー作品も今回上映)、(3)の「松竹キネマ研究所」は1920年に「芸術映画」の製作を目指して設立された一種の“実験映画工房”だが、今回上映されるのはその貴重な第1作、『路上の霊魂』(村山實、1921)。

 (4)は日本映画のというより、世界映画の巨匠である成瀬巳喜男と溝口健二の2本のサイレント・メロドラマ、『君と別れて』(1933)、『滝の白糸』(同)である。

 本稿では成瀬の『君と別れて』について書くが、彼の出世作となった本作は、溝口の『滝の白糸』同様、サイレント期日本映画のレベルの高さを如実に示す傑作である(1930年代は日本映画の第1期黄金時代)。

 『君と別れて』は、物語の点でいえば古風なメロドラマ、すなわち実らぬ恋を描く映画であり、また母もの映画(母性愛を主題としたフィルム)でもある。

――舞台は東京の場末の芸者街で、主要人物は若い芸者の照菊(水久保澄子)と、彼女が姉と慕う菊江(吉川満子)、そして菊江の一人息子で照菊と相思の仲にある中学生の義雄(磯野秋雄)。だが、母・菊江が芸者であることを恥じている義雄は鬱屈し、不良グループの仲間入りをし、学校にも行かなくなる(自分を養うために芸者の身に甘んじている母に反発する息子、というのは典型的なメロドラマのパターン)。

 照菊はそんな義雄を心配し、彼を里帰りに誘う。照菊の郷里は鄙(ひな)びた漁村で、彼女の両親は生活苦のために下の娘も芸者にしようとしている。それを知った照菊は両親を強く非難する(これも典型的なメロドラマ的葛藤)。

 やがて、ある決心をした様子の照菊は、義雄と海辺に行き語らう。照菊の不幸な境遇を知り、また彼女の真情に心動かされた義雄は、自身のこれまでの非行や母への態度を深く反省する。

 帰京後、義雄は不良たちとの付き合いを断ち、勉学に精を出すが、菊江は客(“旦那”)との諍(いさか)いから床に臥してしまう。また不良たちも義雄が仲間から抜けることを許そうとせず、夜道で彼をとり囲み制裁を加える。そこへ駆けつけ、止めに入った照菊がナイフで刺されてしまう(複数のドラマが一点に集中してヤマ場を形づくる作劇の妙。ちなみに本作の脚本は成瀬自身が執筆したが、脚本作成において、それが自身のものであれ他人のもであれ、成瀬は説明的な饒舌さを嫌い、セリフを必要最小限に切り詰めることを理想とした)。

 照菊の容態は病院で次第に快方に向かうが、彼女には住み替え――芸者が雇われ先を替えること――の話が決まっていた……。

 このように『君と別れて』は、男性中心社会のシステムに捕らわれた女性の生きざまを、女性の視点からメロドラマチックに描いた成瀬初の「女性映画」の傑作という点でも、画期的なフィルムである。ちなみに、本作の4年後に撮られた『女人哀愁』(1937、トーキー、入江たか子主演)は、芸妓ものではなくブルジョワ家庭劇だが、これまた家父長的な家族制度によって虐げられるヒロインの姿を繊細に描いた「女性映画」の傑作だ。

 そして成瀬や溝口健二の「女性映画」がしばしばそうであるように、『君と別れて』でも、男――義雄以外の、菊江の“旦那”や照菊の父親――は、あくどく卑しいキャラクターとして描かれる。

 むろん、そのようにネガティブに描かれる男との対比によって、女性の置かれた理不尽な境遇は強調されるのである。もっとも「強調される」といっても、成瀬の演出はあくまで簡潔で、役者がこれみよがしの大芝居をすることはまれだ(これは、人物の喜怒哀楽をしばしば役者の大仰な身振りや表情で表したサイレント映画にあっては、稀有なことである)。にもかかわらず、いやそれゆえにこそ、成瀬演出は見る者の心の琴線に触れる抒情やエモーションを生むのだ。

 成瀬作品が、感傷に陥ることのない高度なメロドラマとなっているのは、いま述べた役者の感情表現の抑制だけでなく、彼の飛び抜けた空間描写力、およびカット割り/編集の冴えによるところも大である。もちろん、『君と別れて』も例外ではない。 ・・・ログインして読む
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筆者

藤崎康

藤崎康(ふじさき・こう) 映画評論家、文芸評論家、慶応義塾大学、学習院大学講師

東京都生まれ。映画評論家、文芸評論家。1983年、慶応義塾大学フランス文学科大学院博士課程修了。著書に『戦争の映画史――恐怖と快楽のフィルム学』(朝日選書)など。現在『クロード・シャブロル論』(仮題)を準備中。熱狂的なスロージョガ―、かつ草テニスプレーヤー。わが人生のべスト3(順不同)は邦画が、山中貞雄『丹下左膳余話 百万両の壺』、江崎実生『逢いたくて逢いたくて』、黒沢清『叫』、洋画がジョン・フォード『長い灰色の線』、クロード・シャブロル『野獣死すべし』、シルベスター・スタローン『ランボー 最後の戦場』(いずれも順不同)

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