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カズオ・イシグロの傑作に蜷川が挑む「わたしを離さないで」

小山内伸 評論家・専修大学教授(現代演劇・現代文学)

 カズオ・イシグロの傑作長編『わたしを離さないで』が、蜷川幸雄演出で舞台化された。ある特殊な施設で暮らす少年少女たちの数奇な運命をたどった物語だ。蜷川は、このディストピア小説を抒情性豊かな舞台に仕上げた。

 寄宿学校「ヘールシャム」では、生徒たちが思春期を迎え、若い輝きを放っている。プロローグを置いての冒頭、少年たちがサッカーボールを追い、舞台後方からスローモーションで前面にせり出してくる。学校は海に近く、波の音や汽笛が聞こえ、教室の白いカーテンが風に揺れる。透明感あふれるさわやかな幕開けだ。

「わたしを離さないで」=撮影・渡部孝弘拡大「わたしを離さないで」=撮影・渡部孝弘
 クラスで浮いた存在のキレやすい「もとむ」(三浦涼介)は、サッカーチームの編成で仲間外れにされ、教室で暴れる。そんな「もとむ」に、大人びた八尋(多部未華子)は優しい気遣いをみせる。一方、自己主張の強い親友の鈴(木村文乃)は「もとむ」が好きで、積極的に付き合い始める。

 一見、普通の学園生活に見えるが、冬子先生(銀粉蝶)はしきりに「ヘールシャムの生徒は特別」だと説く。いったい何が「特別」なのか?

 彼らは多くの時間を図工に費やし、製作した作品を「マダム」(床嶋佳子)と呼ばれる女性が買い取ってゆく。なぜかマダムは生徒たちを怖がっている。この女性の謎が終盤への伏線となる。

 2年後、使われていない教室で、良心的な晴美先生(山本道子)は集まった八尋ら3人に言う。「あなた達は、普通の人たちが働くような仕事には就けない……なぜってあなた達の人生はすでに決められているんだから……」と。

 そして、衝撃の事実が明らかになる。生徒らは、成長してのち臓器提供することだけを目的に作られたクローン人間だったのだ。

 彼らは「ヘールシャム」を出て「農園」に移り、準備期間に入る。次に、提供者の介護人を3年以上務めたのち、何度かの提供をして使命を終える、というルートが定められていた。クローン人間は心を持ちながら、人権はないのだ。

 しかし、クローン人間同士が愛し合うことは普通にある。「農園」を出ることは愛する者との別れを意味し、彼らは残り時間が少ないことを自覚する。

 そんなある日、「農園」の同僚から、「鈴のオリジナルを目撃した」という情報が寄せられる。その女性は、かつて鈴が憧れたガラス張りのオフィスで働いているという。鈴らはその女性を見に行き、

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筆者

小山内伸

小山内伸(おさない・しん) 評論家・専修大学教授(現代演劇・現代文学)

1959年生まれ。慶応義塾大学文学部卒。ロンドン滞在を経て1989年、朝日新聞社入社。2013年に退社するまで、主に学芸部(現・文化くらし報道部)で文芸・演劇担当を務める。著書に『ミュージカル史』(中央公論新社)、『進化するミュージカル』(論創社)。日本演劇学会会員。

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