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【古典DVD傑作選(6)】  オーソン・ウェルズ製作の『恐怖への旅』――ハラハラドキドキのB級犯罪映画 

藤崎康 映画評論家、文芸評論家、慶応義塾大学、学習院大学講師

 オーソン・ウェルズ製作の犯罪映画の小傑作、『恐怖への旅』(1943、68分、モノクロ)がDVD&ブルーレイ化された。監督はノーマン・フォスター。しかし本作は、以下で述べるように、オーソン・ウェルズが演出したと思われる部分が散見される点でも、ウェルズ自身やジョゼフ・コットンら“ウェルズ組”の役者が出演している点でも、ウェルズの作品とみなしてよいだろう(編集は後年監督になるマーク・ロブソンが担当)。

 なお『恐怖への旅』の上映時間は、資料によっては82分あるいは72分という記載もあるが、こんにち製作会社RKOに保管されているプリントは68分なので、数分あるいは十数分の欠落部分があると思われる(後述)。

 いずれにせよ、短い上映時間のなかで起承転結を簡潔かつスリリングに描く本作は、1940年代というハリウッド全盛期における最良のB級犯罪映画の1本だ(「B級映画」については2013/10/16の本欄「“B級映画の王様”、エドガー・G・ウルマー特集が東京・渋谷で開催中!――越境者ウルマーの肖像、そして「B級映画」について」参照)。

――舞台は第2次世界大戦下のトルコ(以下、ネタバレあり)。大戦中、トルコは中立国だったので、いわば両陣営(連合国側と枢軸国側)のあいだで宙吊りにされた、スパイや諜報員が跳梁(ちょうりょう)する国であった。したがって当時のトルコは、スパイ活劇には恰好の舞台となったわけだ(原作はエリック・アンブラーの同名小説。ちなみにトルコを舞台にしたスパイ映画にジョゼフ・L・マンキーウィッツ監督の佳作『五本の指』(1952)があるが、本作に比べると展開がやや説明的すぎて冗長)。

 主人公は、米海軍直属の兵器会社のアメリカ人エンジニア、グレアム(ジョゼフ・コットン)。トルコ政府と武器に関するある取り決めを終えたグレアムは、妻(“ウェルズ組”のルース・ウォリック)と帰国の途につこうとした直前、事件に巻き込まれる。

 グレアムは、自分の勤める兵器会社のトルコ支社の社員、コペイキン(“ウェルズ組”のエヴェレット・スローン)に誘われて入った地下のナイトクラブで、マジック・ショーにかつぎ出される。が、ショーの最中にマジシャンが何者かに殺される(いかにもマジック/手品好みのウェルズらしい道具立ての、鮮やかなケレンに満ちた見せ場)。

 グレアムはその殺人が明らかに自分を狙ったものであることに気づき、トルコ秘密警察の長官ハキ大佐(オーソン・ウェルズ)に助けを求める。そして長官の指示に従い、妻にも事情を告げられぬまま、彼女と離ればなれになって貨物船に乗り、逃亡をはかる。 

 船には、くだんのナイトクラブで知り合ったダンサーのジョゼット(“ウェルズ組”のドロレス・デル・リオ)や、マジック・ショーでグレアムの命を狙った巨漢の殺し屋バナット(ジャック・モス)、そしてバナットの雇い主であるナチ間諜のミュラー(役者名不詳)、トルコの間諜クヴェドリ(エドガー・バリア)、マシューズ夫妻(妻役は“ウェルズ組”のアグネス・ムアヘッド)などが乗り合わせている。

 グレアムはバナットが殺し屋であることにはすぐに気づくが、ナチ間諜ミュラーの正体を知るのは終盤である。また、兵器会社の社員のグレアムは銃の扱いが不得手なのだが、そうしたユニークな人物設定も――殺し屋に対しては無防備であるゆえ――、かえってサスペンスを高めている。しかも、いつも酔っぱらって(?)ゲラゲラ笑っている変な船長(“ウェルズ組”のリチャード・ベネット)は、グレアムが危険を訴えても取りあってくれない。というわけで、グレアムは次第に窮地に追い詰められてゆく……。

 銃の苦手なエンジニアという意味では、主人公のグレアム/ジョゼフ・コットンは探偵でも刑事でも悪漢でもない、犯罪とは無縁の一般人だといえる。

 そして、そうした平凡な市民が事件に巻き込まれる、という『恐怖への旅』の展開は、ヒッチコックの<巻き込まれ型>サスペンス映画をほうふつとさせる。事実フランソワ・トリュフォーは、『恐怖への旅』のオーソン・ウェルズがヒッチコックの英国時代の2本の傑作、『三十九夜』(1935)と『バルカン超特急』(1938)を明らかに意識している、と述べている(フランソワ・トリュフォー「ウェルズとバザン」、『シネアスト2<オーソン・ウェルズ>』所収、山田博志訳、青土社、1985)。

 ただしトリュフォーがそう述べるのは、本作のユーモアがヒッチコックの2作と共通している、という理由からだ。

 もちろんそれは間違いではない。が、私はその点に加えて、ヒッチコックのくだんの2作と本作とが、共にいま言った<巻き込まれ型>サスペンスである点で共通していること、さらに『バルカン超特急』と本作が、列車と船という違いこそあれ、ある乗り物に乗り合わせた主人公が危機に見舞われる、という“乗り物スリラー”である点に注目したい(そうした乗り物スリラーは、いわば”動く室内劇“であるが、リチャード・フライシャーのB級ノワール『その女を殺せ』<1952>なども――刑事ものではあるが――そのジャンルの傑作だ)。

 ともあれ、『バルカン超特急』でも『恐怖への旅』でも、主人公が列車と貨物船という乗り物のなかに囚われたまま、敵が乗客のなかに潜んでいる状態のまま旅を続けることが、スリルとサスペンスを生む大きなファクターとなるのだ。

 もっとも、最大の見せ場であるラストの ・・・ログインして読む
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筆者

藤崎康

藤崎康(ふじさき・こう) 映画評論家、文芸評論家、慶応義塾大学、学習院大学講師

東京都生まれ。映画評論家、文芸評論家。1983年、慶応義塾大学フランス文学科大学院博士課程修了。著書に『戦争の映画史――恐怖と快楽のフィルム学』(朝日選書)など。現在『クロード・シャブロル論』(仮題)を準備中。熱狂的なスロージョガ―、かつ草テニスプレーヤー。わが人生のべスト3(順不同)は邦画が、山中貞雄『丹下左膳余話 百万両の壺』、江崎実生『逢いたくて逢いたくて』、黒沢清『叫』、洋画がジョン・フォード『長い灰色の線』、クロード・シャブロル『野獣死すべし』、シルベスター・スタローン『ランボー 最後の戦場』(いずれも順不同)

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