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ジャ・ジャンクー『罪の手ざわり』をお見逃しなく!(上)――現代中国の歪みを照射する社会派バイオレンスの傑作

藤崎康 映画評論家、文芸評論家、慶応義塾大学、学習院大学講師

 ジャ・ジャンクー/賈樟柯(1970~)は、いうまでもなく、今日の中国におけるナンバーワン監督だ。『一瞬の夢』『プラットホーム』『青の稲妻』『世界』『長江哀歌』といった力作群を見れば、そのことは明らかである。

 が、私自身はジャ・ジャンクーの類いまれな“画力”に感心しつつも、一方で、カット割りが極端に少なく、人物もしばしば凝固したようにじっと動かなくなる、彼の長回し映像のもたらすスタティックな停滞感に、いまひとつ乗れなかった。

 しかし、彼が5年ぶりに撮りあげた長編『罪の手ざわり』は、まったく違った。

 なにしろ、開巻まもなく、バイクに乗った男が3人の強盗に行く手を阻まれるや、男は無言のまま懐から取り出した拳銃で、次々に3人の賊を撃ち殺し、その場を去るのだ。しかもそこでは、カメラが人物の動きを追ってスムーズに動き、さらに、被弾した賊たちが路面に倒れ込んで即死するさまが、切れのいいカッティング/編集によって、今日のハリウッド映画などが決して描けない、ハードボイルドな<瞬間>として活写される。

 そして以後ラストまで、ジャ・ジャンクーおはこの、被写体をじっくりと凝視するような<緩>が、冒頭の殺人場面にも顕著な<急>と常に絶妙なバランスを保つので、フィルムには緊張が途切れない……。

 要するに『罪の手ざわり』のジャ・ジャンクーは、以前より大胆に<運動>をフィルムに導入し、いわば「一皮むけ」、ふっ切れたように<暴力/アクション>を真正面から描破したのだ。

――映画は4つの物語パートに分かれ、劣悪な労働環境により<暴力>に訴えざるをえなかった4人の人物を焦点化する(以下、ネタバレあり)。

(1) 村の共同所有だった炭鉱の利益が実業家に独占されたことに怒った山西省(中国北部)の炭鉱夫、ダーハイ/チァン・ウーは、猟銃を持ち出し、賄賂まみれになった者らを立て続けに射殺する。

(2) 重慶(中国南西部)の男チョウ/ワン・バオチャン――冒頭で3人の賊を撃ち殺したバイクの男――は、妻子には出稼ぎと偽って強盗殺人を繰り返す。

(3) 妻子ある男との関係を清算できないまま、風俗サウナの受付嬢として働く30代の湖北省(中国中央部)の女、シャオユー/チャオ・タオは、客から受けた執拗なセクハラに耐えきれず、ついに“女侠客”と化しナイフを振るう……。

(4) 湖南省(中国中南部)出身のシャオホイ/ルオ・ランシャンは、広東省(中国南部)の縫製工場――工員らは流れ作業的な単調な労働を強いられている――をある過失から辞め、働きはじめた東莞(トングァン)の高級クラブ「中華娯楽城」のホステス、リェンロン/リー・モンに恋をする。が、彼は同郷の彼女が幼い娘のいるシングルマザーであることを知り失望し、親からは仕送りを催促され、工場で怪我をさせた元同僚らには脅され……という苦境に立たされたあげく、自ら命を絶つ(これらの場面が、具体的にどう撮られ、演出されているかについては、後述)。

 こうした要約からも窺えるように、本作はいわゆる「娯楽映画」ではない。ジャ・ジャンクーはもとより、社会的な問題意識の強い監督であり、計画経済から市場経済への移行が生んだ極端な貧富の差などの現代中国の歪みは、本作にも――高度な映画的表現のもとに――反映されている(この映画の物語は、近年に起こったいくつかの事件をフィクション化したもの)。

 したがって、本作における<暴力>は、経済成長をつづける一方で、もっぱら利潤の追求を最大化する資本家・企業の専横、富の偏在、そして拝金主義がもたらす地方行政の腐敗、経済格差の拡大によって生じるものとして描かれる。

ジャ・ジャンクー監督拡大ジャ・ジャンクー監督
 ジャ・ジャンクー自身、『罪の手ざわり』のモチーフ(創作の動機)となった、現代中国の現実について、こう述べている
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筆者

藤崎康

藤崎康(ふじさき・こう) 映画評論家、文芸評論家、慶応義塾大学、学習院大学講師

東京都生まれ。映画評論家、文芸評論家。1983年、慶応義塾大学フランス文学科大学院博士課程修了。著書に『戦争の映画史――恐怖と快楽のフィルム学』(朝日選書)など。現在『クロード・シャブロル論』(仮題)を準備中。熱狂的なスロージョガ―、かつ草テニスプレーヤー。わが人生のべスト3(順不同)は邦画が、山中貞雄『丹下左膳余話 百万両の壺』、江崎実生『逢いたくて逢いたくて』、黒沢清『叫』、洋画がジョン・フォード『長い灰色の線』、クロード・シャブロル『野獣死すべし』、シルベスター・スタローン『ランボー 最後の戦場』(いずれも順不同)

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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