2014年06月24日
戦後日本映画の新世代を代表する監督、増村保造(1924-1986)のフィルム57本(うち1本はTVドラマ)が、東京・京橋の東京国立近代美術館フィルムセンターで開催される。2014年は、この増村大特集によって記憶されるべき年となるだろう(かなり興奮ぎみ……)。
ともかく、何をおいても駆けつけたい、驚くべき大回顧特集である。とはいえ、よほど時間と体力に恵まれた人でなければ、全日通うことはまず不可能なので、後段では必見中の必見と思われる作品のいくつかに、若干のコメントを付したい。
さて増村は、東大法学部卒業後の1947年、大映に助監督として入社する。その後ローマへ映画留学し(1952-55)、また溝口健二や市川崑の助監督を経て、1957年に『くちづけ』(必見)で監督デビューし、一躍脚光を浴びる。そして、大映の専属監督として傑作、秀作、怪作を撮り続け、大映が倒産する1971年までの15年間に48本の映画を撮る。
以後はフリーとなり、勝プロダクション(俳優・勝新太郎が1967年に設立した製作会社)や大手の作品を演出する傍ら、プロデューサーの藤井浩明、脚本家の白坂依志夫と独立プロ「行動社」を興し、9本の作品を監督した(増村は生涯で計57本の映画を撮ったが、今回の特集では『エデンの園』(1980、日伊合作)を除く56本の映画+1本のTVドラマ『原色の蝶は見ていた』(1978、必見)が上映される)。
大まかに言って、増村映画で描かれるのは、伝統的な慣習や社会通念から逃れて、激しく自己主張し、戦い、ときにドライで狡猾に振る舞い、手練手管を弄し、ときに狂おしいまでの情念にとりつかれて、欲望や野心を実現しようとする<近代的/モダンな個人>である。もっとも、この場合の近代的/モダンな個人という言葉には、身を亡ぼすまでにエゴ(我)を貫こうとする破滅的な、つまり非合理的に行動する人間までが含まれることになる。
ともあれ、情欲/エロスや野心や暴力、あるいは資本主義の暗部などをエネルギッシュに描き出す増村作品は、日本的なと呼ばれるような情緒や感傷や小市民的な事勿(ことなか)れ主義に、冷や水を浴びせるような傾向が顕著であった。
そして、自らの愛欲を一途に貫こうとする増村的人物の典型が、彼の最高傑作の1本、『妻は告白する』(1961)の若尾文子だろう。
まずはこの「女性映画」を見ずして増村は語れまいが、増村・若尾コンビの9作目にあたる本作は、愛のためにすべてを捨て、狂気すれすれの世界に踏み込んでいく<女>と、美しい彼女に魅せられながらも脅威を感じる<男>という、その後の増村的「女性映画」の主流の原型となったフィルムだ。
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