2014年07月01日
マイケル・ジャクソンは単なる夢のような存在ではない。彼は不死身の幻影ともいうべきデジタルな存在として、この現代に甦った。5月にリリースされたマイケル・ジャクソンの未発表曲8曲を収めた新しいアルバム『XSCAPE』を聴いていると、そんな戯言を言いたくなる。
マイケル・ジャクソンが亡くなったのは、2009年6月25日。それから5年の歳月がたついま、『XSCAPE』が届けられた。ジャケットはこの世ならぬ彼岸からマイケルがこちらの世界を見ているような、不思議な雰囲気をもつデザインだ。マイケル・ジャクソンの「復活」である。
米エピック・レコードがマイケルの遺産を管理するマイケル・ジャクソン・エステートと共同で制作したもので、エピック・レコードの会長兼CEOであるL.A.リード(ジャネット・ジャクソンとの仕事でも知られる音楽家、プロデューサー)が監修し、ティンバランド、ロドニー・ジャーキンスらのベテランや新鋭のプロデューサー陣によって、マイケルのオリジナル・ヴァージョン(原曲)を最先端の楽曲にするために「コンテンポライズ(現代化)」したものだという。
マイケル・ジャクソンがアルバムの制作をする際に、多めに楽曲をレコーディングしていたことはよく知られていた。
彼の死後、その膨大なアーカイブを調べていたジャクソン・エステートは、未発表の”傑作”と思われる24曲を探し出したという。今回、アルバムとして構成された8曲はそのなかから選ばれた。
発売されたCDには通常盤とデラックス盤があり、前者には原曲を「コンテンポライズ」した8曲が収録されていて、後者にはマイケルのオリジナル・ヴァージョンも全曲収録されている。
マイケルのファンのなかには、絶対にオリジナル・ヴァージョンの方がいいと言うひともいる。しかし、マイケルがアルバムを新しく出す際、その時の時流を意識したアレンジを大胆に取り入れていたことは事実であり、一概に「コンテンポライズ」を毛嫌いするのはどうかと思う。肝心なのは完成度の気がする。その意味でも両者を比較して聴くのは面白い。
それにしても、アルバム冒頭の一曲、シングルカットされた「Love Never Felt So Good」(1983年、ポール・アンカと作曲・レコーディング)の、伸びやかで抜群のリズム感をもった歌声はどうだろう。それは驚きと同時に懐かしさを強烈に感じさせ、「キング・オブ・ポップ」と呼ばれたマイケルのさまざま記憶を呼び覚ます。兄弟たちと演奏していた「ジャクソン5」時代、クインシー・ジョーンズをプロデューサーにした「Off The Wall」時代、世界的なメガヒットとなった「Thriller」時代、後年の「Dangerous」や「Invincible」の時代など。
他にも印象的なビートを刻むアルバム5曲目の『Slave To The Rhythm』など、このアルバムにはたしかに秀作がそろっている。今回のプロデューサー陣には、マイケルと一緒にスタジオに入って仕事をした経験があるロドニー・ジャーキンスもいる。
結果としてアルバム全体のクオリティは高い。ときにソフィスティケートされ過ぎと思うときや、マイケルが生きていたら、まだまだ強度が足りないと言うのではと思うときもあるが、それはいまとなっては詮無い話だろう。
『XSCAPE』を聴いていると、記憶というバックミラーのなかで、既にしっかり定着されていたはずのマイケル・ジャクソンが、新しい衣装をまとって、不死身の存在として復活し、新たに増殖していくようだ。聴こえるのは、紛れもないマイケルの声であり、僕は魔法にかかったように繰り返し聴いてしまう。
個人的にのってしまうのは、マイケルが現代の才人、ジャスティン・ティンバーレイクとデュエットした「Love Never Felt So Good」だ。この曲はデラックス・エディションのボーナス・トラックとして収録された曲で、ミュージック・ビデオもあり、マイケルとデュエットするティンバーレイクや、マイケルのダンスをそっくりシミュレートするダンサーを相手にした映像的な掛け合いのなかで、マイケルの身体性が一瞬復活する。
並はずれた歌手であり、同時に「ムーン・ウォーク」をはじめ卓抜したダンサーでもあったマイケル・ジャクソンが甦る。その一瞬の感覚がうれしいが、同時に彼はもういないということを感じて絶望的になる。
ジャスティン・ティンバーレイクとデュエットした「Love Never Felt So Good」はアメリカのビルボードのシングルチャートでトップ10入りをした。これでマイケルは1970年代以降、各年代でトップ10入りしたことになる。
ところで、マイケル・ジャクソンのファンや歌手や音楽関係者のなかには、作者であるマイケルが何らかの理由で公表しなかった作品を、亡くなった後、こうした形で公開すべきではないという意見もある。
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