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『グランド・ブダペスト・ホテル』は驚きの連続だ!――またもや炸裂、ウェス・アンダーソンのブリリアントな才能

藤崎康 映画評論家、文芸評論家、慶応義塾大学、学習院大学講師

 1969年生まれのウェス・アンダーソン(以下WA)の前作、『ムーンライズ・キングダム』は完ぺきな傑作だった。よって私は、“WA完成形”ともいうべき『ムーンライズ~』以後、彼はいったいどんな映画を撮れるのか少し心配だ、という意味のことを書いた(「ウェス・アンダーソンの新作、『ムーンライズ・キングダム』は素晴らしい!」2013/02/11同02/12の本欄参照)。

 が、それは幸い、まったくの杞優だった。WAの新作『グランド・ブダペスト・ホテル』は、少年少女の駆け落ちをポップに描いた『ムーンライズ~』とは打って変わった、スケールの大きな「完ぺきな傑作」だったからだ。

 なにしろ、何人もの人物が入れ替わり立ち替わり登場する、文字どおり奇想天外な物語が、入れ子状になった重層的な時制のなかで、あれよあれよという間にスピーディーに(100分で!)展開されるのだ(以下、部分的なネタばれあり)。

――舞台は東ヨーロッパの架空の国、ズブロフカの山岳地帯にあるグランド・ブダペスト・ホテル。主人公は、伝説のコンシエルジュと呼ばれるグスタヴ(レイフ・ファインズ)。ホテルには彼の“サービス”目当てに、ヨーロッパ中から富裕な老婦人たちが集まっていたが、彼女らの一人、伯爵夫人マダムD(ティルダ・スウィントン)が何者かに殺され、相続争いが起こる。

 そしてグスタヴは、マダムD殺しの濡れ衣を着せられてしまう。自分の命が危険にさらされただけでなく、ホテルの存続も危ぶまれる中、グスタヴはベルボーイのゼロ(トニー・レヴォロリ)、その婚約者のアガサ(シアーシャ・ローナン)に助けられて、さらにアイヴァン(ビル・マーレイ)がその幹部の一人であるコンシエルジュの秘密結社の助力を得て、殺人事件をめぐる謎と陰謀に挑んでいく……。

 このように、WA独特の画面構成(後述)と混然一体となった『ブダペスト』の物語は、じつに波乱万丈だが、先にちょっと触れたように、本作の入れ子状になった<語り>の仕掛けは少々複雑である。

 それについては、篠儀直子の論考中に、簡にして要を得た一節があるので引用しよう――「開巻、まずわれわれは、ある国民作家のファンらしき少女を通じて、グランド・ブダペスト・ホテルについて書かれた本の表紙に出会う。続いて著者であるその作家(トム・ウィルキンソン)が登場し、ホテルと自分の出会いについて語ろうとする。この部分は1985年の出来事。そこから時代は1960年代に飛び、華やかなりし日々の面影をなくしてさびれてしまったグランド・ブダペスト・ホテルを、初めて訪れた若き日の作家(ジュード・ロウ)に向かい、年老いたゼロ(F・マーレイ・エイブラハム)がグスタヴとの思い出を語り始める。そこで時代はさらに1930年代初頭へとさかのぼり、いよいよグスタヴとゼロの冒険が始まる」(「失われた世界」への旅 『グランド・ブダペスト・ホテル』についての四つの断章、『ユリイカ』ウェス・アンダーソン特集号、2014年6月)。

 ともかくそんなふうに、本作のWAはいつも以上に、奇人めいた多くの人物たちを曲芸的な手つきで捌(さば)き、今のところ彼の作品中もっとも破天荒で入り組んだ物語を、一分の隙もなく、猛スピードで語り切ってみせたのだ。あっぱれと言うほかないが、WAはおそらく、どんな題材でも彼流に料理してしまうコツをつかんでしまったのだ。

 それはある意味、とても単純なことだ。つまり、WAは自分独自の、スタイル、というよりフォーム(たとえばスポーツのそれのような、運動する形式)を――たぶん長篇第3作目の『ザ・ロイヤル・テネンバウムズ』(2001)あたりで――、しっかりと身につけてしまったのである。たったそれだけのことだ。

 しかし当然、これをなしうるのは、 ・・・ログインして読む
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筆者

藤崎康

藤崎康(ふじさき・こう) 映画評論家、文芸評論家、慶応義塾大学、学習院大学講師

東京都生まれ。映画評論家、文芸評論家。1983年、慶応義塾大学フランス文学科大学院博士課程修了。著書に『戦争の映画史――恐怖と快楽のフィルム学』(朝日選書)など。現在『クロード・シャブロル論』(仮題)を準備中。熱狂的なスロージョガ―、かつ草テニスプレーヤー。わが人生のべスト3(順不同)は邦画が、山中貞雄『丹下左膳余話 百万両の壺』、江崎実生『逢いたくて逢いたくて』、黒沢清『叫』、洋画がジョン・フォード『長い灰色の線』、クロード・シャブロル『野獣死すべし』、シルベスター・スタローン『ランボー 最後の戦場』(いずれも順不同)

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