2014年07月09日
東京のオーディトリウム渋谷で、スイスの異才、ダニエル・シュミット(1941―2006)の特集上映が始まる! ああそれにしても、なんてことだ! フィルムセンターでは増村保造特集が3週目に突入し、シネマヴェーラ渋谷では、恒例の「映画史上の名作」シリーズ(第11回)――これまた凄いラインナップ!――の開催が迫っている。……ともかく、もうタイムリミットぎりぎりで本稿を書いているが(かなり焦りぎみ)、とはいえ、ダニエル・シュミットをスクリーンで見られる幸せを思えば、文章を書く苦労など些細なことだ。
――ハリウッド映画の黄金期の終焉(1950年代)のはるか以後に、すなわち70年代初頭に映画を撮り始めた彼は、フランス・ヌーヴェルヴァーグの監督らとはまた異なる手法やスタンスで、過去のメロドラマ映画や怪奇映画、あるいはオペラや小説の断片を、奇妙に変形させたかたちで自作に取り込んだ。
その手法は、模倣やパロディとは似て非なる、「古典」のきわめてユニークな再利用であると、ひとまずは言える。
まずは、いま述べた点をふまえて、シュミット最高傑作の1本、『ラ・パロマ』(1974)を取り上げたいが、じつに奇々怪々で荒唐無稽な、しかし異様な美しさをたたえた絶品だ。
本作のシュミットは、まさしく彼の偏愛する、ダグラス・サーク、ジョゼフ・フォン・スタンバーグなどの古典期のメロドラマ映画、カール・ドライヤーやF・W・ムルナウなどのクラシックな怪奇映画、オペラ、世紀末絵画などを引用し、それらへのオマージュを捧げている。
と同時に、それらを、あえてステレオタイプ/紋切り型として誇張し、ねっとりとした色彩を帯びた濃厚なデカダンス/退廃美によって、キッチュ(俗悪なまがいもの)として描いてみせる。
つまり重要なのは、本作でシュミットが、さまざまな「古典」を過去の幻影として突き放しつつ、同時にそれらへの偏愛に耽るという、いわば相反した姿勢にとらわれている点だ(ダグラス・サ―クについては、「問答無用の傑作ヒューマン・ドラマ、ダグラス・サーク『わたしの願い』<上>」 批評的メロドラマの醍醐味」2012/05/31、同06/08の本欄を、ジョゼフ・フォン・スタンバーグについては「必見! スタンバーグの『上海ジェスチャー』」2012/02/22の本欄を参照されたい)。なお、以下ネタバレあり。
――『ラ・パロマ』では文字どおり、“絵に描いた”ような「狂気の愛」の物語が展開される。安キャバレー風の娼館の歌姫、「ラ・パロマ」ことヴィオラ(イングリット・カーフェン)に心を奪われた、青年貴族イジドール(みごとな幼児的肥満体のペーター・カーン!)の狂恋の物語だ。二人は結婚し、イジドールの住む、湖のほとりの城館のような豪邸で暮らす。
そしてこの映画の最大の見せ場のひとつ、
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