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[1]日本の「アトピービジネス」はなぜ消滅しないか? 「赤ちゃん=デトックス」の発想

牛山美穂 大妻女子大学講師(文化人類学・医療人類学)

 1カ月以上前の話だが、フェースブック上で、ある医師の書いたブログが話題になった。そのブログでは「アトピーの赤ちゃんが生まれる意味・・・」というタイトルで、次のような内容が書かれていた。

赤ちゃんはお母さんを選んで生まれます。
世の中の役に立つ為に生まれてきます。
先ずは、お母さんを幸せにするために来ます。
自分が生まれて愛情が芽生える幸せを届けるために。
赤ちゃんがいる幸せを届けるために。
また、お産は最大のデトックスと言われています。
そうなると、赤ちゃんはどうするかな。
添加物食品やら、経皮毒やら、いろいろ毒を溜め込んでいて可哀想だ。
だから、お母さんの身体にある毒素を全部持っていってあげよう。
だって、幸せにしたいから。
「おかあさん、全部持って行くよ!」
そんな赤ちゃんが全身アトピーかも。
赤ちゃんは想う。
「おかあさん、どう?身体は楽になった?」
「もう、身体に毒はない?」
「役に立てたかな?」
今度はお母さんの番です。
赤ちゃんから毒を抜きましょう。
 これに続き、どうやって赤ちゃんから毒を抜いてあげるか、という方法として、次のように続く。
 

 お母さんの食べたものがおっぱいとして赤ちゃんの体に入っていくので、自分の食べているものを見直しましょう。食品添加物やファストフード、トランス脂肪酸、野菜の農薬、抗生剤を投与されてきた牛の牛乳、粉ミルクなどを摂っていないですか。また、化学合成の界面活性剤、ケミカルナプキン、紙おむつなど、経皮毒とよばれるものを取っていないですか、重金属の入っているワクチンを平気で摂取していないですか、と。 

 この記事は、数週間のうちにフェースブックで多くの人にシェアされた後、これを痛烈に批判する記事が出てきてのち、沈静化していった(ちなみに、批判記事はこちら)。

あらゆる原因と結びつくアトピー性皮膚炎

 私はこの医師のデトックス記事を読んだ時、「なんてアトピー性皮膚炎らしい話だろう」と思った。

 おそらく、これが「アレルギー性鼻炎」や「乳児性湿疹」や「気管支炎」であれば、「赤ちゃん=デトックス」の発想や、食品添加物や経皮毒を避けようといった話にはこうもすんなりと繋がっていかなかったように思えるのである(例えば、子供が気管支炎だからと言って、「子供がデトックスをしてくれた」、と考えるお母さんはあまりいないだろうと思うわけです)。

 ではなぜ、アトピー性皮膚炎の場合はこういうデトックス話が語られるようになるのか?

 まず、もっとも大切な点は、アトピー性皮膚炎の場合、原因がはっきりとひとつ明確にあるわけではない、ということである。

 アトピー性皮膚炎は、「I型・IV型アレルギーにより引き起こされる」だとか、「赤ちゃんのときは腸が完成していないせいで起こる」とか、「リンパ球が過剰になっているから起こる」とか、「遺伝的に皮膚のバリア機能が弱いせいでなる」とか、そうした説明はいくつか存在する。

 ただ、それぞれの説明は、それぞれ免疫のメカニズムや、遺伝的側面など、異なる部分にフォーカスを当てた部分的な説明に過ぎず、すべてを包括するようなひとつの説明というものはないのである。

 また、アトピー性皮膚炎という疾患は、多種多様な原因で引き起こされる湿疹を「アトピー性皮膚炎」というひとつのカテゴリーに詰め込んでできている病気であるため、個々人によって原因が異なるという性質がある(たとえば、成長とともに自然によくなっていく赤ちゃんのアトピー性皮膚炎と、成人になってから発症したアトピー性皮膚炎では、原因がまったく異なるはずなのに、同じアトピー性皮膚炎というカテゴリーに括られてしまっているのである)。

 つまり、結核のように「この細菌だ」と原因がひとつに特定できる感染症とは違って、アトピー性皮膚炎の場合ははっきりと何が原因であるかを特定することができないのである。

 そして、原因がブラックボックスになっているからこそ、アトピー性皮膚炎の場合はあらゆるものが原因として語られることが可能になっている。

 実際、アトピー性皮膚炎の原因としてよく語られるものを挙げてみよう。ダニ、カビ、汗、ストレス、乾燥、湿気、化粧品、卵や小麦などの各種アレルゲン、化学物質、動物の毛、食品添加物、環境汚染、高気密住宅、近代化した生活環境、運動不足、睡眠不足、飲酒、喫煙、ぎくしゃくした家族関係など、膨大な数のリストができあがる。

 これらは生活環境のほとんどすべてといえるほどの領域をカバーしており、いかに多くのものがアトピー性皮膚炎の原因とみなされうるかわかるだろう。

 ところで、このリストを見ていて、ひとつの特徴に気が付かないだろうか。

 それは、このリストのなかに、近代的な生活に関係するものがかなり多く含まれているということである。先の医師のブログに出てきた食品添加物やファストフードにトランス脂肪酸、経皮毒の原因といわれていたケミカルナプキンや紙おむつといったものは、すべて近代以降に出てきたものである。

 実際、アトピー性皮膚炎は、近代的な生活がもたらす文明病だという説があり、生活の近代化にともなって患者数も増加してきたという考え方もある。だからこそ、多くの人は、アトピー性皮膚炎の原因を近代的な要因と結び付けて考える。近代以前にはなかったようなものが増えたからこそ、アトピー性皮膚炎が増えたに違いない、と。

 そこで、先ほど述べたような食品添加物やファストフードやトランス脂肪酸といったものがアトピー性皮膚炎の原因としてやり玉にあがっているのである。(つづく)


筆者

牛山美穂

牛山美穂(うしやま・みほ) 大妻女子大学講師(文化人類学・医療人類学)

大妻女子大学講師。千葉県生まれ。早稲田大学大学院文学研究科修士課程修了後、イギリスに渡りUniversity College London医療人類学コース修士課程修了。早稲田大学大学院文学研究科博士号(文学)取得。専門は文化人類学、医療人類学、ジェンダースタディーズ、カルチュラル・スタディーズ。現在の主な研究テーマは、医師と患者の関係、自助グループ、アトピー性皮膚炎をめぐる問題。主な著書に『ステロイドと「患者の知」:アトピー性皮膚炎のエスノグラフィー』(新曜社、2015年)など。

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