2014年07月24日
香川照之、井浦新(ARATA)、柄本明、杉本哲太……。テレビでも人気の演技派たちが出演しているので、見たいと思う人も多いのではないか。
映画『ジョン・ラーベ~南京のシンドラー~』(2009年、独・仏・中国合作)の上映会が開かれている。「南京事件」(南京虐殺)を描いているということで、日本では配給会社がつかず、5年間も未公開だった作品である。次回は8月23日、東京・文京区シビックセンターで行われる。
後述するが、これは配給会社による劇場公開ではなく、市民が上映権を購入しての自主上映会だ。初回の5月17日には、会場の江戸東京博物館では開映3時間も前からわずかな当日券を求める人たちの行列ができ、2回の上映は各440席が満席になった。脚本も手がけたドイツ人のフロリアン・ガレンベルガー監督のビデオメッセージも届き、井浦新の舞台挨拶や記念シンポジウムが行われた。
主人公ラーベを演じたのは『ホロコースト アドルフ・ヒトラーの洗礼』『善き人のソナタ』に出たウルリッヒ・トゥクル。ドイツでは有名な実力派で、彼の演技はこの映画の見どころである。
ジョン・ラーベは、1937年12月の南京事件当時、ドイツのジーメンス社南京支社長であり、非武装中立の「南京安全区国際委員会」委員長として、20万人の中国民間人を救うために奔走したとして知られる。
事件を記録した彼の日記は90年代半ばに見つかり、97年に日本でも出版され、話題となった(講談社文庫『南京の真実』。いまは品切れ。日本版は原版と比べて不完全といわれる)。
ラーベは統制を失った日本軍の蛮行や戦争の惨状を、怒りをもって綴っている。映画はそれを原案にして、事件に立ち向かうラーベの人間像を緊迫感あるドラマで描く。
監督、主要スタッフはドイツ人が占め、かつての日本の同盟国ドイツが南京事件にどう関わったか、そして、いまのドイツで、南京事件と当時の日本がどう見られているかを知るうえでも興味深い。
ラーベはナチス党員であり、ハーケンクロイツを楯にして中国人を守ろうとした。映画は、こうした彼の複雑な立場を通して、ナチスの台頭で急変する国際情勢を背景に、南京事件を複層的に描く。改めて、南京事件が世界史的出来事であったことがわかる。ドイツで権威あるドイツ映画賞で最優秀作品賞など4冠を受賞、バイエルン映画賞でも最優秀作品賞をとっている。
日本軍による残虐行為は容赦なく描かれている。「過去の克服」と向き合うドイツで、このような若い世代が、ナチスの同盟国だった日本の戦争犯罪に厳しい視線を向けていることに注目したい。
映画の最後には字幕で「30万人」という中国政府の公式見解と同じ犠牲者の数が示される。この数や監督が依拠した史料などは日本では異論も出よう。
史実とは異なる脚色が気になる箇所もある。欧米的な視点で貫かれ、中国では「中国人の主体性が描かれていない」との批判が出たのもわかる。
が、監督も言うように、これはあくまでも「劇映画(フィクション)」だ。ラーベの日記から想起される南京事件、そして戦争の恐怖を映像で追体験できるという点で、「戦争のできる国」にならんとするいまの日本で「戦争とは何か」を考えさせる作品だと思う。
それにしても、日本に関わるテーマで、役者も揃い、海外でも話題になった作品が、肝心の日本でちっとも上映される気配がなかったことを、世界の映画人はどのように見ていたのかと、いまさらながら気になってくる。
監督はビデオメッセージで「南京事件が日本で極めて難しい問題であることを知っている」と述べたうえで、「この映画は日本を批判するものではない」と何度も繰り返した。監督がこうした気遣いをしなければいけないこと自体異例だが、率直にこうも語る。
「日本とドイツでは歴史的責任や罪に対する姿勢に異なる部分があると考える」「日本の文化の中では、過ちや失敗に向き合い、前向きに議論することが難しいように感じる」
上映されなかったのは、日本の配給会社が手をあげなかっただけだが、中国メディアでは「日本では上映禁止」などと報じられた。「内容から考えて、集客が期待できず、収益が見込めない」というのが配給会社の言い分だ。
が、集客云々以前に、「南京事件」と聞くだけで、上映妨害のトラブルを恐れて腰が引けたであろうことは察しがつく。右翼などによる暴力的な抗議や上映妨害が、市場原理と巧みにリンクして、自主規制へ追い込むという、この国の深刻な現実がある。
ことテーマが「南京事件」となると、実はこうした自主規制は常態化している。
1997年、事件60周年を機に日本公開となった『南京1937』(95年、中国・香港・台湾)が右翼団体によってスクリーンを切られるなどの上映妨害が起こり、公立施設が自主上映の会場を貸さないという事態が起こった
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