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フリッツ・ラングの傑作、『怪人マブゼ博士』(1932)が東京・渋谷で上映!(上)――催眠術を操る犯罪狂をめぐる精神病理学的スリラー

藤崎康 映画評論家、文芸評論家、慶応義塾大学、学習院大学講師

 オーストリア生まれの名匠、フリッツ・ラング監督の傑作『怪人マブゼ博士』(1932)が、東京・シネマヴェーラ渋谷で7月26日、29日に上映される。ラングが、自らのサイレント映画『ドクトル・マブゼ』(1922)の続編として撮った、めっぽう面白い「娯楽映画」だ。

 と同時に、ヒトラーが政権の座につき、ワイマール共和国を終息させた1933年の前年(1932)に撮られた点でも、またナチスによる公開禁止映画第1号となった点でも、興味深い犯罪ミステリー、ないしは精神病理学的スリラーだ。そうした、1930年代ドイツの政治的、社会的状況の、本作への屈折した投影についても、追って述べたい。

 サイレント映画『ドクトル・マブゼ』(1922、以下<22年版>)の主人公・マブゼ博士は、秘密結社的な犯罪組織の首領で、変装術にたけた、いくつもの<顔/アイデンティティ>をもつ正体不明の怪人だ。

 すなわちマブゼは、あるときは株価を操作して大儲けをする金融界の大物、あるときはテレパシー/透視術や念力を使う賭博師、またあるときは催眠術を用いる精神科医といった、いわば“多羅尾伴内”の悪党版のような謎の人物である。そして『怪人マブゼ博士』(以下<32年版>)では、原題の「マブゼ博士の遺書」にも示されるように、<22年版>のラストで発狂し逮捕されたマブゼが、<精神科病院で死ぬ>ところから、物語が佳境に入る(以下、ネタバレあり)。

<あらすじ:発狂して精神科病院に入れられたマブゼ(<22年版>と同じくルドルフ=クライン・ロッゲ)は、彼の症状に強い学問的関心を抱いた院長バウム博士(オスカー・ベレギ)に催眠術をかけて、彼に犯罪組織の指揮をさせる(バウムが陥ったのは、いわば「ミイラ取りがミイラになる」という状態だ)。やがてマブゼは死ぬが、バウムはマブゼの霊に憑依され(とりつかれ)、次第に自分がマブゼの生まれ変わりだと信じ込むようになり、マブゼの大がかりなテロ計画を実行していく。ローマン警部(オットー・ヴェルニケ)に真相を見破られると、バウムはマブゼの収監されていた精神科病院の隔離病棟に逃げ込み、そこで完全に発狂する……>

 このように<32年版>のマブゼは、前半で死者/霊と化すとはいえ、死後も活発に頭脳をはたらかせる天才的犯罪狂であり続ける。その限りで、<32年版>のマブゼは、<22年版>の彼と変わりはない。

 しかし、新たなマブゼのキャラクターは、死者/霊となって精神科病院の院長バウムに乗り移り、暗殺や放火などのテロ(後述)を用いて“世界浄化”をめざす超能力者である点が、<22年版>のマブゼのそれより、いっそうユニークだ。

 つまり、<32年版>のマブゼは、<霊>と化すことで他人に憑依し/乗り移り、他人(宿主)を意のままに操作し、文字どおり「見えざる黒幕」となって暗躍しはじめるわけだ。

 いってみれば、この“新生マブゼ”は、1929年の大恐慌がひきおこした経済的混乱を引きずるワイマール共和国末期において、ラングによって創造された、あたかもアンチ・キリスト――キリスト教の終末論における悪魔 ・・・ログインして読む
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筆者

藤崎康

藤崎康(ふじさき・こう) 映画評論家、文芸評論家、慶応義塾大学、学習院大学講師

東京都生まれ。映画評論家、文芸評論家。1983年、慶応義塾大学フランス文学科大学院博士課程修了。著書に『戦争の映画史――恐怖と快楽のフィルム学』(朝日選書)など。現在『クロード・シャブロル論』(仮題)を準備中。熱狂的なスロージョガ―、かつ草テニスプレーヤー。わが人生のべスト3(順不同)は邦画が、山中貞雄『丹下左膳余話 百万両の壺』、江崎実生『逢いたくて逢いたくて』、黒沢清『叫』、洋画がジョン・フォード『長い灰色の線』、クロード・シャブロル『野獣死すべし』、シルベスター・スタローン『ランボー 最後の戦場』(いずれも順不同)

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