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ハワード・ホークス監督のトーキー第1作、『暁の偵察』が東京・渋谷で上映!――航空戦争映画のスリルと痛ましさ

藤崎康 映画評論家、文芸評論家、慶応義塾大学、学習院大学講師

 ハワード・ホークス監督といえば、ジョン・フォード、アルフレッド・ヒッチコック、フリッツ・ラングらとならんで、ハリウッド黄金期を代表する巨匠の一人である。その彼の記念すべきトーキー第1作が、ワーナー・ブラザース製作の『暁の偵察』(1930)だ(東京・シネマヴェーラ渋谷で、7月30日、8月1日に上映)。

 そして、この作品が映画史的に重要なのは、第一次世界大戦後に高まった大衆の航空熱を背景に、大戦時の複葉機どうしの空中戦などをスリル満点のスペクタクルとして描いた、<航空戦争映画>の最良の一本だからだ。このジャンルの嚆矢(こうし)は、ウィリアム・ウェルマン監督の名作、『つばさ』(1927、サイレント)だが、『暁の偵察』が撮られた1930年に、かの航空マニア、ハワード・ヒューズが撮った『地獄の天使』も、このジャンルの重要作である。

 また、ホークスもウェルマンも、ともに第一次大戦中は戦闘機のパイロットだったが、その点にも、戦争と映画との密接な関係がうかがえる(この<戦争と映画の共犯性>や、『つばさ』『地獄の天使』の作劇や描写については、拙著『戦争の映画史――恐怖と快楽のフィルム学』で詳述した)。そしてむろん、『暁の偵察』でも最大の見せ場は、英国の飛行中隊がドイツ軍機と繰りひろげるエキサイティングな空中戦だ。

 しかしこの映画では、愛国主義や飛行機乗りのヒーローぶりが、能天気に讃美されるわけではない。経験不足の若いパイロットらが戦地に送り出され、次々と敵機に撃墜され死んでいく戦争の理不尽さも、情け容赦なく描かれる。また司令官らの苦悩や葛藤も克明につづられる。

 したがって、およそ1000万人が死んだ第一次大戦のむごたらしさの一端も、リアルに伝わってくる。その点に関する限り、本作は厭戦映画の様相すら帯びている。

 にもかかわらず観客は、空中戦の場面ではハラハラドキドキし、画面から目が離せなくなる。……まあ、それらの点すべてをひっくるめて、この映画は戦争を「娯楽映画」化し、大ヒットを記録したのだ。もちろん、私はそのことを否定するつもりは毛頭ない。それどころか、戦争の酷さを肌で知りながら、こんなに面白くパセティックな「娯楽映画」を撮ってしまうハワード・ホークス監督の才腕に、ひたすら感嘆するばかりだ。

――1915年。ヨーロッパ西部戦線では激しい空中戦が繰りひろげられていた。英国飛行中隊の実戦経験の少ない若い士官らは、粗悪な飛行機で敵地へと出撃し、その多くが戦死するという過酷な戦況が常態化していた。

 中隊の司令官ブランド中佐(ニール・ハミルトン)は心を痛め、腹心のコートニー(リチャード・バーセルメス、主演)との口論も絶えなかった。ある日、コートニーは親友スコット(ダグラス・フェアバンクス・ジュニア)とともに、少佐の命令を無視して出撃し、ドイツ軍基地を急襲し、九死に一生を得て帰還する。ほどなく司令官を辞したブランドは、コートニーに後任を命じるが、やがてコートニー自身も、未熟なパイロットを何人も死地に送り込んだブランドの苦悩を味わい、酒浸りになる。そして、連合軍の形勢も日に日に不利になる一方だった。

 そんななか、ついに全員出動命令が下った。スコットの弟、ゴードン(ウィリアム・ジャニー)も補充兵として新たに赴任してくるが、スコットは実戦経験のない弟を殺さないでくれとコートニーに頼む。が、コートニーは心ならずもゴードンを出撃させる。

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