メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

市川雷蔵特集が東京・新宿にやってきた!(1) ――森一生監督の超傑作『薄桜記』

藤崎康 映画評論家、文芸評論家、慶応義塾大学、学習院大学講師

 この夏は近年にない貴重な特集上映の目白押しで、文字どおり息つくヒマもないほどだ。

 本欄で紹介しているように、フィルムセンターで増村保造大回顧上映が、オーディトリウム渋谷でダニエル・シュミット特集が、はたまたシネマヴェーラ渋谷で「映画史上の名作11」が開催中である。

 これが終われば一服できると思いきや、さにあらず、なんと角川シネマ新宿で市川雷蔵特集――“映画デビュー60周年 雷蔵祭 初恋”――が8月9日より始まってしまい、さらに26日より、新宿のK’s cinemaにて「台湾巨匠傑作選」がスタートする!

 ともかく東京は、映画ファンにとっての天国である。その恩恵を無駄にしてはバチが当たる。旅行嫌いで酒も飲まず、美食にもとんと縁がない(先立つものがない)野暮天の私は、時間の許すかぎり、これらの特集に通い、紹介記事を書いている――。

 前置きが長くなったが、本欄では何回かにわたって、市川雷蔵特集、および台湾巨匠傑作選の必見作の何本かを紹介したい。まずは、37歳の若さでこの世を去った“銀幕の貴公子”市川雷蔵(1931-69)――そして森一生監督(後述)――の最高傑作の1本、『薄桜記』(1959)。

 この大映時代劇の脚本は、巨匠・伊藤大輔監督が書いたが、その点も本作の勝因のひとつだった(伊藤は五味康祐の原作を大幅に脚色)。早い話が、つねに観客の意表をつくようにストーリーが展開し、しかも波状攻撃のように次々と繰り出される大小のヤマ場が、目を見張るような連鎖反応を起こしていき、そのつど、こちらの心の琴線に触れてくる。

 そしてそれらは、やがてあの悲愴なラスト・クライマックス、片腕となった雷蔵が地面を転がりながらの大立ち回りを披露する最大の見せ場へと、凄絶かつダイナミックに集注していく(以下ネタバレあり)。

――旗本随一の剣の使い手、丹下典膳(たんげ・てんぜん:市川雷蔵)は、ある日、勝新太郎扮する中山(堀部)安兵衛とすれ違う。安兵衛は高田馬場での決闘に向かう途中だった。決闘の場へ駆けつけた典膳は、安兵衛の仇が典膳と同門の知新流と知り、その場を離れる。だが典膳は、そのことを以て同門を見捨てたとして、師匠から破門を言い渡される。

 典膳は恋仲だった千春(真城千都世:まき・ちとせ)と夫婦になるが、留守中に知新流の門弟5人が千春を犯す。5人に復讐するため、典膳は浪人となり千春と離別を決意するが、怒った千春の兄に右腕を切り落とされる(それは典膳の望むところだった)。直後、典膳は行方をくらませた。

 そして同日、安兵衛の仕える浅野内匠頭(あさの・たくみのかみ)が、江戸城・松の廊下にて吉良上野介を刃傷(にんじょう)に及ぶ。1年後、吉良邸討ち入りを画策する安兵衛は、吉良の茶の相手をつとめる女を尾行し、女が千春であることを知って驚く(安兵衛はひそかに千春に想いを寄せていた)。

 いっぽう、典膳は吉良家に迎えられていたが、知新流の5人を斬ったあと、上野介の用心棒となり、赤穂浪士と戦う決心をする。

 その頃、典膳に斬られた知新流の5人のうち生き残った3人が、典膳を襲う。典膳は2人を撲殺するも、もう一人に拳銃で足を撃たれる。典膳は来合せた千春に救われ、七面山の隠れ家に運ばれる。

 やがて雪の降るなか、足を負傷して起き上がれないまま、地面を転がりながら左手だけで剣を振るう典膳と、知新流一味との前述の死闘(つまり同門対決)が、壮絶かつ悲愴にくりひろげられる。何人もの相手を斬りまくったのち、ついに力尽きた典膳は、銃撃された千春と相寄って、共に果てる……。

 だがそれにしても、この直前、虫の息の千春が必死に伸ばした手が、これまた瀕死の典膳の手と触れあうところの、

・・・ログインして読む
(残り:約820文字/本文:約2403文字)