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[書評]『検証・法治国家崩壊』

吉田敏浩、新原昭治、末浪靖司 著

中嶋 廣 編集者・トランスビュー

密約、密約、また密約  

 『戦後史の正体』(孫崎享著)がベストセラーになったシリーズの第三冊。一読、非常に奇妙な印象を受ける。そして途方に暮れる。

 登場する政治家や最高裁長官は、ひたすらアメリカに、日本の主権を献上し奉る。著者の一人、吉田敏浩氏は、読む人が「この事実を知って驚き、同時に強い怒りをお感じになることを心から望んでいます」という。しかし、私の印象は違う。なぜ彼らはこんなにもアメリカに媚びへつらい、日本国を売り渡してしまうのだろう、その不思議さが先に立つ。

『「戦後再発見」双書3 検証・法治国家崩壊――砂川裁判と日米密約交渉』 (吉田敏浩、新原昭治、末浪靖司 著、創元社) 定価:本体1500円+税拡大『「戦後再発見」双書3 検証・法治国家崩壊――砂川裁判と日米密約交渉』 (吉田敏浩、新原昭治、末浪靖司 著、創元社) 定価:本体1500円+税

 1957年7月、東京砂川町(現立川氏)の米軍基地で、滑走路拡張の測量に反対して、地元農民と労働者・学生のデモ隊の一部が、基地の中に数メートルはいりこむ。9月に23人が逮捕され、うち7人が起訴される。世に言う「砂川事件」である。

 裁判を担当した東京地裁・伊達秋雄裁判長は、1959年3月30日、「米軍の駐留は戦力の保持を禁じた憲法9条第2項に違反しており、被告人たちは無罪である」という判決を下す。

 大方の予想に反したこの判決は、当時全国各地で起こっていた米軍基地反対闘争や、安保条約改定反対運動を勢いづけるものであり、ここから驚くべきドラマの幕が開く。

 判決を知ったマッカーサー駐日大使(マッカーサー元帥の甥)は、ただちにダレス国務長官に「部外秘」公電を打ち、対策を練る。

 翌31日早朝、大使は藤山愛一郎外相と秘密会談を行ない、この判決は安保条約の改定だけでなく、すぐ後にひかえる地方選挙にも悪影響を与える可能性があるので、高裁を飛び越えて、最高裁に直接上告するよう進言する(これを跳躍上告という)。

 この露骨な内政干渉に対し、藤山外務大臣は、すぐに閣議でそのように決めたいと答えた。時の総理大臣は岸信介、自民党幹事長は福田赳夫。マッカーサーの進言どおり、最高裁への跳躍上告はすぐに決まった。

 こうして舞台は最高裁に移る。最高裁長官は田中耕太郎、彼は東大法学部を出たあと内務省に入るが、学究生活に戻り、東大教授となり、吉田茂の推挙により第2代最高裁長官となった。この田中長官が、マッカーサー大使に、裁判の予定から、下される判決の内容までを、事前に全部洩らす。「裁判官は良心にのみ従う独立した職権」、なんてまったく絵に描いたモチ、この裁判官は、良心ではなく、ひたすらアメリカにのみ従うのである。

 9カ月ほどのスピード審理で下された最高裁の判決は、もちろん米軍の駐留は合憲、被告たちは有罪、なぜなら、米軍には日本の支配権は及ばない、日本の権力が及ばなければ、それは日本の戦力ではないから、憲法9条には違反していない……。まあ、小学生の屁理屈の次元だが、司法と行政が結託して太陽は西から昇ることにしようといえば、そうなるのである。

 また最高裁は、これが違憲であるかどうかというような「高度な統治」については判断しない、という判断をこのとき下す。こうして最高裁は憲法の番人の役割をポイと捨て去り、以後、駐留米軍は治外法権、やりたい放題、となる。

 まあそれほど単純ではないのだが、しかし恐ろしいのは、これが事態の始まりにすぎないことである。

 これ以後、あらゆる状況で、日本はアメリカの言うなりになる。表向きは核を持ち込めないから、密約でオーケーを出す。砂川も、あの沖縄密約も、氷山のほんの一角にすぎない。

 本書が優れているのは、すべての事柄を、アメリカで公開された秘密文書から読み解いていることだ。重要なものは、なんとコピーがそのまま出ている。へえ、秘密の公電てこういうものだったんだ。とにかく実に生まなましい。

 こうして日本国憲法はたてまえだけのハリボテとなり、それとは別に安保条約と日米地位協定に基づくもう一つの法体系が、日本を実効支配してゆく。それはウラの「憲法」だから、細かい決めごとはみな「密約」になる。

 とにかく、重要な事柄は全部「密約」で決める。今書かれている戦後史とはまったく別の「密約の戦後史」が真実であり、その手始めがこの双書なのだろう。権力中枢に関わってきたのはおおむね東大出だから、「密約による真実の戦後史」がアカデミズムの主流によって書かれる可能性はまずない。

 それにしても高位高官の人々が、なぜこんなに唯々諾々と、国を売り渡すようなことをしたのだろう。いくら共産主義が怖かったといっても、国の主権をみずから進んで放棄しては元も子もないだろうに。こういう人たちが国家さえも献上してかまわないというのは、一体どういうことか。それで70年やってきた私たちは、これからどうすればいいのか、どこを目指せばいいのか。まったく途方にくれざるを得ない。

 なお付記しておくと、著者の一人、吉田敏浩氏には『赤紙と徴兵』(彩流社)という名著がある。これは個人が密かに保存した赤紙などの兵事資料から、徴兵制のメカニズムを解明した名作で、第2回「いける本大賞」を受賞している。集団的自衛権の行使が閣議決定されたこの時代にこそ読むべき本である。

*ここで紹介した本は、三省堂書店神保町本店4階で展示・販売しています。
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 年間8万点近く出る新刊のうち何を読めばいいのか。日々、本の街・神保町に出没し、会えば侃侃諤諤、飲めば喧々囂々。実際に本をつくり、書き、読んできた「匠」たちが、本文のみならず、装幀、まえがき、あとがきから、図版の入れ方、小見出しのつけ方までをチェック。面白い本、タメになる本、感動させる本、考えさせる本を毎週2冊紹介します。目利きがイチオシで推薦し、料理する、鮮度抜群の読書案内。

筆者

中嶋 廣

中嶋 廣(なかじま・ひろし) 編集者・トランスビュー

1953年生まれ。新卒で入社した筑摩書房はすぐに倒産。9年後、法蔵館へ移籍し、『季刊仏教』を編集しつつ、『上山春平』著作集や養老孟司『カミとヒトの解剖学』などを編集。2001年、トランスビューを設立し、池田晶子『14歳からの哲学』、森岡正博『無痛文明論』、島田裕巳『オウム』、小島毅『父が子に語る日本史』、チョムスキー『マニュファクチャリング・コンセント』などを手がける。