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 前回は、アトピー性皮膚炎というのは原因がはっきりせず、近代医療で完全に治せないがゆえに、民間医療などのマーケットと親和性が高いことを述べた。

 ところで、このように病気がマーケットと強く結びつくという現象は、必ずしも当然のことではない。

 筆者は2009年から2013年にかけてロンドンで過ごしたが、少なくともイギリスには日本の「アトピービジネス」のように、アトピー性皮膚炎だけをターゲットにしたマーケットはなかった(もちろん探せば、アトピー性皮膚炎患者向けの防ダニ布団やシャンプー、石鹸などはあるが、ほかの病気と比較して特にアトピー性皮膚炎患者向けのグッズが目につくということはなかった)。

 たとえば、乾癬という皮膚の疾患がある。これは、皮膚に赤い発疹ができ、それが白いフケのようになって皮膚がポロポロ落ちていく疾患である。遺伝的要因と環境要因が合わさって発症すると言われており、感染することはなく、主にステロイド外用薬が治療に用いられる(こうした点はアトピー性皮膚炎と少し似ている)。

 アトピー性皮膚炎に比べると、日本での患者数はその約3分の1程度である。もちろん患者数がアトピー性皮膚炎よりも少ないので、そのせいともいえるが、日本では乾癬というのはそれほど知られた病気ではない。

 そこで、日本でもし「乾癬ビジネス」なるものがあり、乾癬患者だけに向けたあらゆる商品が売られていたとしたら、少し不思議な気分にならないだろうか? 「世の中にはいろいろな病気があるのに、なぜわざわざ乾癬にターゲットを絞ったんだろう」と感じないだろうか?

 イギリス人が日本のアトピービジネスに対して感じる感覚はこの違和感に近いと思う。

 前述のように、イギリスにおけるアトピー性皮膚炎の罹患率は日本と同じ程度だが、イギリスでのアトピー性皮膚炎の知名度は日本よりも圧倒的に低い。そのため、イギリス人からすれば、なぜわざわざアトピー性皮膚炎にターゲットを絞って商売をするのかいまひとつよくわからない、という感覚なのではないかと推測する。

 イギリスと比較してみると、日本でアトピー性皮膚炎患者を対象にしたあらゆる商品や治療法が溢れ、ここまで病気とマーケットが結びついている現状が、決して当たり前ではないと思えるようになってくる。

 ではなぜ、日本ではアトピー性皮膚炎とマーケットがこれほど結びついているのか。その理由のひとつは、すでに述べたように、日本ではステロイド外用薬の副作用にまつわる一連のマスコミの報道があり、その結果、多くの患者がステロイドを用いない治療法を探し求め始めたことにある。

 しかし、それ以外にもうひとつ、ここまで日本でアトピー性皮膚炎マーケットが拡大している理由がある。

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筆者

牛山美穂

牛山美穂(うしやま・みほ) 大妻女子大学准教授(文化人類学、医療人類学)

大妻女子大学人間関係学部人間関係学科社会学専攻准教授。千葉県生まれ。早稲田大学大学院文学研究科修士課程修了後、イギリスに渡りUniversity College London医療人類学コース修士課程修了。早稲田大学大学院文学研究科博士号(文学)取得。専門は文化人類学、医療人類学、ジェンダースタディーズ、カルチュラル・スタディーズ。現在の主な研究テーマは、医師と患者の関係、自助グループ、アトピー性皮膚炎をめぐる問題。主な著書に『ステロイドと「患者の知」:アトピー性皮膚炎のエスノグラフィー』(新曜社、2015年)など。

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