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代ゼミ縮小・撤退! それは予備校文化空間の終焉である

遠藤眞彌(游学社代表)

 嘗て、予備校の授業は大学よりおもしろい、とさえ言われた。予備校の人気講師の授業は、大教室が超満員になり、いつも生徒が溢れていた。また、著名な文化人を招いての講演や音楽コンサート、映画上映など様ざまなイベントが行われ、予備校は高校や大学にはない独自の文化空間を創っていた。
 しかしここ数年の、18歳人口の減少、大学全入時代を迎え、浪人生が激減した影響で、業界トップであった代々木ゼミナールは縮小・撤退を余儀なくされた。いったい予備校はどこへ行くのか。

70年代、全共闘、市民運動の新たな活動空間として予備校があった

1979年4月17日、東京・千駄ケ谷の東京体育館で行われたマンモス予備校・代々木ゼミナールの入学式。入場しきれない新入生が数百人もあふれた1979年4月、代々木ゼミナールの入学式。入場しきれない新入生が数百人もあふれた= 東京・千駄ケ谷の東京体育館
 予備校では大学教授や高校の先生などを含め、様ざまな講師が教えていたが、1960年代の大学闘争や政治闘争後、大学(院)を否定し退学した、あるいは大学(院)を追われた学生たちの受け皿となったのが予備校だった。

 駿台(駿台予備学校)には、元東大全共闘議長で物理科講師の山本義隆、同じく元東大全共闘で生物科、後に医系小論文科講師の最首悟、また関西の駿台では、元大阪市立大全共闘議長で、英語科の表三郎などがいた。

 名古屋本拠地の河合(河合塾)には名古屋大全共闘で国語科の牧野剛。そして代ゼミ(代々木ゼミナール)では、べ平連(ベトナムに平和を!市民連合)代表で作家の小田実と、ベ平連事務局長の吉川勇一らが英語を教えていた。

 数学科にはベ平連の活動の他に、公教育に合わない若者たちのための「脱学校の会」を主催した、市民運動家の土師政雄がいた。70年代は、3つの予備校の中では、ベ平連を抱えた代ゼミが群を抜いて活発な動きを見せていた。

若者たちと肩を組んで反戦ソングを歌う。「週刊アンポ」を発刊する作家(べ平連代表)の小田実(左から二人目)=1969年、東京・板橋区民会館若者たちと肩を組んで反戦ソングを歌う小田実(左から二人目)=1969年、東京・板橋区民会館
 小田の英語の授業は、その時々の英字新聞ニュースを題材にした英訳や、その問題の本質を解説するなど、それを聴くために他の予備校生らがもぐって来るほどの人気だった。

 吉川はベーシック英語、土師はベーシック数学を担当し、その教科の不得意な生徒を集めた授業だが、その解りやすさは定評があった。

 こういったある意味で他の予備校にはない試みを代ゼミは彼らを使って展開していった。さらに小田たちは、様ざまな文化人を呼び込み、その時々の問題になっているテーマで講演させるなど、若者たちに受験勉強という枠に捉われない政治、経済、文化芸術などの、知識・教養を与えた。

 こうした代ゼミの文化戦略的な動きは、高校生たちの間でも話題を集めるなど、生徒集客に大きな役割を果たした。

80年代の三大予備校戦争は代ゼミがトップ

 1980年代は予備校全盛時代だった。特に、駿台、河合、代ゼミの三大予備校は、競って全国に校舎を建設し全国制覇へ向けてしのぎを削っていた。これを、3校のイニシャルをとってSKY(スカイ)戦争と呼んだ。

 第2次ベビーブーム世代が18歳になった86年頃からの7年間を、予備校業界ではゴールデンセブンといい、この時期に焦点を合わせ、生徒獲得競争に奔走していったのだ。

 その頃まで地方都市には、地域の国立大学を目指す受験生を対象にした予備校があった。しかし地元の中規模の予備校は、SKY戦争のあおりを受け廃業をし、あるいは、その系列化に置かれていった。例えば、宮城県仙台市にあった文理予備校は、代ゼミが仙台に進出し、生徒数が減少したことに危機感を持ち、それまで模擬試験を利用していた河合に助けを求め、提携する形で河合塾文理(現在は河合塾仙台校)となった。

 今でも、東大、京大などの国立大の超難関校はじめ、早稲田大、慶応義塾大といった私大の難関校は、なかなか入試を突破するのは難しいが、当時は、日大などの中位クラスの大学がこぞって偏差値を上げ、入学するのが難しいという受験状況であった。

 そのために当時は、1年間で浪人生が約40万人も発生していた。そしてこの浪人生というパイのおよそ半数を、全国にそれぞれ30近くも校舎を建てていた三大予備校が、代ゼミの約8万人を筆頭に、河合、駿台の順で分け合っていたのである。

 しかしこの浪人生の数は現在では約5万人に激減しているのだ。

代ゼミの縮小・撤退の本当の狙い

 各報道で大きく取り上げられた、代ゼミの校舎7割閉鎖というニュースは、不動産業に転身という尾ひれまで付いた。

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